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第15話 勇者の嘘

 水樹が教室へ戻ると、見知った顔は西園寺しかおらず他のαは静かに机へ着席していた。   F4αが在籍している特進クラスはαしかいない。それでも全国で非常に優秀なαだけを集めた超一流のエリート集団。頭脳だけではなく、容姿、家柄もそこそこと一定の水準を満たしている。教室も普通クラスと違い、真新しく豪華な造りとなっていた。  学園は大学も経営しており、エスカレーター方式で進学する。そしてその数年後には社長、官僚、弁護士など輝かしい将来が約束されていた。 「おはよう、水樹。珍しく遅いね。もしかして、君の婚約者に逢ってきたの?」  西園寺は椅子に腰掛けて優雅に笑う。もうすぐαの男性教師がやってくるのに如月と門倉の姿がない。水樹は西園寺の後ろの席に腰掛けると、アリスに手を出そうとした光景を思い出し、キッと睨みつけた。 「知らないな。それより如月と門倉はどこだ?」  威圧するように西園寺に問うが、西園寺は眉を少し上げるだけで効果はなかった。 「さあ? 如月は、どこかで楽しんでるんじゃないかな?あ、そういえば門倉が君の婚約者を助けたって親衛隊から聞いたよ。凄いね、Ωが苦手なのに真面目というか堅物というか……」  スマホを眺めながら、興味なさそうに話す。 門倉が発情(ヒート)に過敏に反応し、Ωを避け続けるのは知っていた。  無表情で無口なので害はないが、どこか掴めない性格に水樹は時々戸惑いを覚える。が、それが門倉の一番の魅力らしい。親衛隊Ωが口を揃えて言うのを聞いて、理解が出来なかった。Ωの考える事はよく分からない。 「……勝手にすればいい。俺は番など作らん」 「まーたそんな事を話しているの? 駄目だよ、叔父さん達が莫大なお金やAIを使って『運命の番』まで探したんだから。ま、アリスちゃんは僕が貰うから、水樹は番を、いたっ……!」  水樹は西園寺の踵を軽く蹴る。  何がアリスちゃんだ。西園寺に渡したら、アリスなどボロボロにされて直ぐに捨てられるのがオチだ。西園寺はやれやれと、スマホの画面に顔を戻した。 「それ以上、アリスの事は言うな。そして手も出すな」  アリスが他のαに狙われないよう、はっきりとした口調で言い、牽制を張る。 「ふーん、随分ご熱心だよね。あ、ソウが帰ってきたよ」  分かったとも言わずに西園寺は溜息をつく。顔を上げると、すっきりした顔をして現れた如月が教室に入ってきた。制服はやや乱れ、朝から卑猥な情事に励んでいたのが分かる。 「あー、やっぱりヒート中のΩはダメだわ。萎える。もうちょっとナカに締まりがあるといいんだけど、緩いし、我を忘れ過ぎで笑える」  如月 奏(きさらぎ そう)は残念そうな顔をして鞄を片手に持ち、疲れた様子でやってくる。 「そう? そこが最高なんじゃないの? 濡れてくれるし、僕は好きだけど」  朝から高校生らしくない会話に水樹は舌打ちをした。如月も西園寺も親衛隊から捧げられたΩを喰いまくり、動物のようにセックスを楽しんでいる。 「あれ? 門倉はー?」  如月が水樹の隣にある空席を見つめた。 「多分ヒート酔いを起こしているんじゃないかな? 門倉は水樹の婚約者を助けてたからね。彼、ヒート中に痴漢に遭っていたみたいだよ」 「へーそれは萌えるね。俺だったら、代わりに犯しているかも知んない」  如月は舌舐めずりをしながら、西園寺の隣の席へ腰掛ける。朝から知能が低下した猿のような会話をしているが、西園寺、如月、門倉、水樹の四人は全国統一模擬では上位の成績を保ち続けている。 「如月、それは犯罪だよ。本当に門倉が傍にいてくれて良かったね。ね、水樹?」 「……興味ないな」  水樹は顔を顰め、スマホを眺める。  昨夜アリスへ送ったメッセージはまだ既読にならない。    アリスの奴、まだブロックしてやがるな!    懐かないアリスに苛立ちがこみ上げ、ムカムカと怒りがわく。これでは教室に行かない限り、呼び出すことも出来ない。 「あ、門倉! は? おまえ、制服どうしたんだよ?」  如月が突拍子もない声を出した。 「貸した。如月、図書室は俺の聖域なんだ。使うな。」  門倉はどすっと水樹の隣へ腰を無造作に下ろす。門倉はブレザーを着ておらず、ワイシャツの姿に水樹は目を疑った。 「門倉、誰に制服を貸したんだ?」  不躾に質問を投げつけると、門倉はふっと口元を緩めた。 「――仲間」  意味の分からない言葉に水樹はまた舌打ちをした。

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