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第17話 友情と愛情

 昼休みの合図が耳に響く。  (全然頭に入らなかった)  ぼうっと目の前で消えていく黒板を見つめていると、アリスの耳にΩ達の会話が聞こえてくる。 「ねぇねぇ、この前の全国模擬の成績見た? やっぱりF4αが上位を占めていたよね。F4αって偉大すぎない?」  はいはい、そうですね。  水樹が一位を取っていたが、今まで勉強している所を一度も見たことがない。いつもテスト勉強中の俺に構ってほしいのか、自分の部屋にやって来てはアリス、アリスと邪魔しに来る。 「うん、他の特進クラスのαも皆10位くらいにはいたよね。やっぱり、特進クラスのα捕まえて一生安泰したいな。子育ては僕がやるから、一流のATMとして一生頑張って働いて欲しい」  一流のATM。稼いできたお金を使ったら、「ご利用ありがとうございました」と言うαなんていないだろう。 「えー、でも僕はちゃんと子育ても手伝って欲しいなぁ。男の経産夫なんて産後が物凄く大変らしいよ? ましてや帝王切開なんて傷口がすんごく痛いみたいだし……。そういう時に仕事一筋だとマジで使えないじゃん」 「そっかぁ。やっぱり、お金より優しさも大事だよね。あー、どっかに素敵なα落ちてないかなぁ?」 「だめだめ、ちゃんと考えて番を作らなければ後で痛い目見るのは僕たちだよ? 結局、番ってもポイ捨てするαは絶えないし、捨てられたΩは悲惨な人生しかないんだから」 「うー、難しいなぁ」  門倉のだぼつくブレザーを脱いで、座席の背もたれに掛ける。弁当を取り出していると雅也が静かに席へ近づいて来て、目の前の空いている椅子に腰掛けた。  横で話すΩ達の会話が耳に入ってくるので、しぃと唇に当てて注意を促すと、雅也も静かに弁当を開ける。 「あ、でも運命の番が現れたらどうするの?」  ぎくっとその言葉に何故か反応してしまう。 「運命の番」聞いたことはあるが、詳細は分からない。都市伝説またはフリーメーソン並に謎に包まれている存在だ。 「えーお金持っていて、イケメンだったら考えるけど、普通のαだったら断りたいな」 「断れるのかな? 運命だから必ず番にならなければいけないんじゃない?」 「めんどくさー」  あはははとΩ達は話しながら、互いの弁当を突き合う。会話の怖さにぞっとした。耳も塞ぎたくなるΩ達の会話に弁当のウィンナーを落としてしまい、黙々と弁当のおかずを食べていく。  Ωテロ。  昔、Ωが集団でαの企業施設を襲い無残な事件を起こしてしまった。その後、Ωの人権の見直しと不用意に番を作らないように法律が改正される。「Ωは子孫繁栄に必要な種である」と、どこかの大臣が差別的な発言をして、すぐに更迭されたのは有名な話だ。  そんな浅い歴史もあり、クラスのΩ達は自分達のバース性に誇りを持っていて、あけすけな会話を毎日のように繰り返している。  怖い。怖いよ、ここは丸の内のタニ丸食堂かよ……!  優秀なαを番にし、幸せになりたいΩは大勢いる。だが、αの中にもそんなΩに嫌気をさしている者もおり社会は混沌とし、さらに複雑だ。  ふと、教室が静かになった。綾小路がお手洗いに行っていたのか、教室に戻ってきたせいだ。親衛隊以外は皆、紫苑を腫れ物のように見ている。紫苑はまだ水樹の婚約者とも言っておらず、おどおどと静かに授業を受けていた。 「……アリスくん、僕も一緒に食べていい?」  紫苑は自分の席に腰掛けて、きょとんと細く白い首を傾げた。綾小路は大きな瞳で睫毛をパタつかせながら、こちらをじっと見つめる。  大きく潤んだ漆黒色の瞳でキラキラと見つめられると、その答えはOKしか出ない。 「う、うん……。いいよ。な、雅也?」  ご飯を食べるぐらいどうってことはない。  雅也の顔を見ると、雅也もうんうんと驚きながらも頷く。 「アリスくんって、なんかいい匂いするね」 「そ、そう?」  唐突な紫苑の言葉にドキッとしてしまう。俺がいい匂い? 「なんかどこかで嗅いだいい匂いがするんだ。そのブレザーかな?サイズが大きいけど、お兄さんとかいるの?」  隣の席をガタガタ寄せながら紫苑は椅子に掛けていた制服の匂いを嗅ごうと、くんくん小さな鼻を揺らす。 「し、知り合いから借りたんだ。俺は一人っ子だよ。ま、雅也はお兄ちゃんがいるよ。な、雅也?」  ここで「門倉」という名前を出せば、親衛隊の茂部がすかさずやって来ては問い詰め、明日登校すれば机すらなくなってしまう。 「そうなんだ。雅也くん、お兄さんがいるんだね。……僕も兄が二人いるよ」  紫苑は羨ましそうに雅也を見つめるが、雅也は小さく頷くだけだ。  しまった。雅也の兄の話はタブーだと今さら気づく。αの兄を持つ雅也はいつも比べられ、苦い思い出が沢山ある。 「し、紫苑は何処から転校してきたの?」  日本のどこかと想像していたら、違っていた。 「僕? 僕はフランスから来たんだ。日本語があまり上手くないけど、よろしくね」  てへへと笑う姿は憎みようがなく、死ぬ程可愛かった。

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