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第22話 友情の芽
「じゃあ、土曜日にまたな!」
元気に言い残して、アリスは豪華絢爛な図書室を去る。門倉はまだここで少し仮眠を取るようだ。
教室のドアから顔を出すと紫苑が既に到着していて、時間割を見ながら授業の準備を整えていた。昨日より血色は良く、視線がぶつかると口許を緩めて微笑んだ。
「アリスくん、おはよう」
「おはよう、呼び捨てでいいよ。アリスって呼んで」
「じゃあアリスって呼ぶね。アリスも紫苑って呼んでね」
アリスが座席へ近づいて、紫苑に声をかける。すると、紫苑はアイドルさながらキュンキュンする笑顔で微笑み返した。
「紫苑ね。わかった、よろしく!」
細く整った眉根を寄せて、紫苑は教科書を机の中へ一生懸命にしまい込む。華奢な手首が白く見えて、ちらっとだけ『日本語‐フランス語‐ドイツ語‐英語四ヶ国語辞典』という分厚い辞書が目に入った。日本語が拙いと言っていたので、携帯しているのだろう。その姿は懸命に授業を受けようという努力がみえ、健気な紫苑をアリスは片隅で応援したくなった。
「うん、なんとか大丈夫。今日もお昼一緒にお弁当食べよう」
朝から後光の如く微笑む紫苑は可憐で優しい。唯一Ωでありながら、こうして優しく接してくれるのは紫苑だけだ。転校生というのもあるが、紫苑とは雅也のように仲良くしたい。他のβやΩのように侮蔑のような視線を向けられるのはもう嫌だ。アリスはそう思いながら元気よく頷いた。
「勿論! 一緒に食べよう」
「あはは、アリスは朝から元気だね」
「そうかな?普通だよ。いつもこんな感じ」
座席に腰を下ろし、鞄から教科書を取り出す。辞典三冊、資料集二つ、教科書六冊。全て持って帰っているので物凄い量が出てくる。そうしないとボロボロにされてしまうので、毎日筋トレしていると思いながら登下校している。おかげで上腕二頭筋は適度に筋肉がついて、普通の男子高校生よりはアリスは引き締まった身体をしている。
「す、すごい量だね……」
紫苑がその膨大な量に驚いて目を瞠る。
「え、そう?」
「だって、こんなに持っていけないよ。あ、もしかして、この学園は全部持って帰る決まりだったりする?」
「あ、いや、予習復習に必要でさ。あはははは」
クラス中が敵なので、上手く誤魔化して空笑いをするしかなかった。
「……そうなんだ。びっくりしたぁ。あっ、そういえばアリスさ、朝、誰かと会ったりした?」
「へ?」
紫苑の突拍子ない質問にぽかんとアリスは口を開けた。
その言葉に門倉の笑みが頭に浮かぶ。水樹はけさから会っていない。
「……なんだかアリスから甘い香りがするから嗅いじゃった。ごめんね」
片目ウィンクをする紫苑がいじらしく見える。さすがフランス帰り。可憐な仕草がきゅんとくる。
「……あっと、多分電車のせいかな? 満員電車だったからぎゅうぎゅうでさっ! 本当死ぬかと思った」
取り繕いながらアリスは適当な嘘をついてしまう。両乳首に絆創膏を貼って、電車内で腫れ上がる乳首を擦っているのがバレたら死ぬと思いながら揺られていたのは事実だ。そしてこの教室で門倉の名前をだしたらクラス中から針のむしろにされてしまう。
ちらりと親衛隊Ωリーダー茂部に目線を向けると、やはりこちらの様子をちらちらと偵察するように見ている。茂部は親衛隊リーダーであり、この教室の出来事をF4αに報告する義務を果たしている。
「そっか、僕はてっきり、痴漢から助けてくれた人と会ったのかなって思っちゃった。名前が門倉くんと言うんだけど、また逢いたいなぁ……」
てへへと、小さな桃色の舌を出して、紫苑は頭にゲンコツをこつんと落とした。
(はー、可愛い……)
少女漫画さながらヒロインのような仕草にアリスは胸が高鳴る。同じ男なのに似合ってしまうのが紫苑の可憐な美しさゆえに頷けてしまう。
「か、門倉なら特進クラスにいるし、水樹から連絡先を聞いてみようか?」
なんとなく、図書室にいることは言えなかった。あそこは門倉が唯一心休める場所で、フェロモンで体調が悪い時の避難場所らしい。気を利かせて水樹の名前を出すと、紫苑の顔が曇った。眉間に皺を作り、長い睫毛を伏せている。
「……アリス水樹くんと知り合いなの?」
「あ、いや、幼馴染だよ! 母親同士が友達なんだ。腐れ縁ていうのかな。紹介しようか?」
軽快に笑って言うが、紫苑の顔は曇ったままだ。
「……水樹くんとは連絡しなくてもいいよ。自分でなんとかする。彼とは会いたくないんだ。ごめんね、アリス」
「う、うん。分かった」
やや怒気が混じったような紫苑の声音に驚き、たじたじと了承してしまう。どうしたんだろう。急に紫苑の雰囲気が変わった気がした。
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