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第26話 静寂と反省

 ちょっとまて、自分。  落ち着いて考えろ。  金曜日の放課後、保健室にてぐったりと寝ているアリスがいた。  数日前から水樹から使用済の衣服を収集し、せっせと紫苑に届けるという配達員のような生活を過ごして、一週間を終えた。念の為、教室に持って行かず、匿名配送にて紫苑に送っている。水樹の匂いが濃そうだし、親衛隊の目を誤魔化す為にそうした。一応、次の日には紫苑から新品の状態で返却されるので弊害はない。そしてそれが、どうしてか、人の道を外してしまっている事なんじゃないかと深く考えるようになる。  水樹も嬉しそう  紫苑も嬉しそう  自分だけが憂鬱な気分になる。  なぜ?なぜか?  水樹が嬉しそうにしているのは考えたくも共感もしたくない。だが、荷物が届いた翌朝に嬉しそうな紫苑を見る度に胸が痛い。どうしてそこまでに水樹の匂いを収集するのかが理解できなかった。謎である。  ベットに寝そべりながら、ズボンのポケットからスマホを取り出す。試しにネットオークションにチンオクに出品してみる。昨日紫苑に送った写真、水樹の私物で無難なTシャツだ。 ☆西水屋☆半袖 白Tシャツ α様の使用済みシャツ  知り合いαのシャツですが、着なくなったので出品致します。目立った大きな汚れはありません。色褪せや使用感などありますが。何卒よろしくお願い致します。  ※こちらのお品は、値下げ交渉のコメントには、申し訳ありませんが、返信できません。値下げについては、こちらのタイミングでさせて頂ければと思います。申し訳ありません。  無難な文章を残して匿名で出品してみた。あとはオークションなので値段が上がるのを待つだけだが、そんな何万点も出品しているサイトに動きなんてないだろう。暫く携帯を真横に置くが通知もなく変化はない。  ほらみろ、全然反応しない。なにが匂いだ。馬鹿馬鹿しい。今の時代、抑制剤もある。そんな惹かれ合うなんてないだろう。人間同士なのに匂いで惹かれ合うのがどうしても理解できなかった。  ポポポポポポポ  やばい。え、ポップアップが止まらない。え、これ、やばい。  αのシャツと書いたせいか、めっちゃ値段が速攻で跳ね上がっていく。え、怖い。本当に怖い。しかも金額百円で出品したのに、どんどんと万単位で跳ね上がっていく価格に背筋が冷えた。そっとスマホを閉じて、すぐに出品を削除する。サンプル下さいとか意味不明だ。  恐ろしい。誰かすらわからない、身元不明の私物をオークションで落としたいほど、α様は人気があるのだろうか。  αという魅力を今知る。財力、偉大さ、貫禄、権力。全てがα様が握っているのだろうか。先ほどまで匂いなんて信じなかった自分が嘘のように愕然としてしまっていた。悶々としながら、保健室の無機質な天井を仰ぐ。  疲れた。何もかも…… 「なーに、考えているの?」  保健室のベッドにて仰向けで合掌しながら寝ていると、遮っていたカーテンが突如開いた。にゅっと顔を出したのはF4αの西園寺である。 「うぉ! でた! 西園寺ドスケベ!」 「失礼だな……。西園寺悠(さいおんじ ゆう)だよ。名前ぐらい覚えて欲しいな」  西園寺はベッド脇に腰を掛けて、図々しく身体を寄せてくる。 「な、なんだよ。さっさと帰れよ。具合が悪いから寝ているんですけど」  不満そうに言うが、西園寺は嫌な微笑をうかべながらこちらを見下ろす。 「へぇ、体調が悪いの?」 「貧血でふらつくんだよ」  それは本当である。睡眠不足と体力を水樹に消耗している為に身体をやむを得ず、先ほどから休めている。帰宅すると水樹が待ち構えているからだ。 「ふーん、最近水樹の機嫌がいいけど、なにかしている? なんかアリス、アリスって言わなくてさ。満たされている感じなんだけど」 「なにもしていない」  強いて言えば、使用済みシャツの横流しの為に身体を張っているぐらいだ。 「なんか、水樹の匂いも薄れているけど、本当になにもしてない?」 「……匂いってそんなわかるもんなの?」  自分がαやΩではなく、βなので匂いなど分からない。唯一精子の匂いなら分かるぐらいだ。 「わかるよ。相性が良いなら、尚更ね」 「相性? 相性って匂いが甘く感じたり、落ち着いたりするのか?」 「おやおや、アリスちゃん、珍しく食いついてくるね。知りたい?」 「いいから、教えろよ!」  苛立ちながら西園寺を睨みつけた。 「怖いねぇ。運命の番とか余程相性が良くないと、匂いで感じ取ったり、あとお互いの体液に反応しちゃったりね。」 「その相性が良いと、相手のモノとか収集したりする?」 「え? 巣篭りのこと?」  すごもり?  なに言ってんだこいつ。西園寺の凄まじく整った美形をまじまじと見つめる。 「そう、Ωの巣篭りでしょ? 巣作りとも言うよね。たまにΩの子で好意を抱く相手や番になったαの私物を無意識にかき集めたりするよ。」  へ、へぇ、初めて知った。  そんな習性があるなんて大変だ。水樹の匂いに囲まれるなんて、自分は嫌だとアリスは深く思った。 「……そうなんだ」 「もしかして、アリスくん、水樹の私物を誰かに横流しとかしている?」 「し、してない。ただ借りているだけ」 「そう? まぁそんな事をしたら水樹は烈火の如く怒るもんね」  一瞬だけネットオークションに出品したことは絶対に話さないでおこう。  多分、監禁されるか、さらに酷い目に合う。アリスは高まる鼓動を抑えた。 「……な、なんでこっちに近づいてくるんだよ。距離が近いんだけども……」 「水樹は諦めた方がいいよ? 水樹は婚約者、しかも運命の番と一緒になるって親から決められているからね。傷つくのはアリスちゃんだよ? それか、下手に気を持たせて、水樹を傷つけたいだけとかならしょうがないけど……」 「なんで、気を持たせることが水樹を傷つけることになるんだよ……」 「だって、水樹は君ににゾッコンだもん。ただ、運命の番に出会ったらアリスくんなんて光の速さで捨てられるよ? 所詮、僕達は本能には抗えない。そしてそんな自分を水樹は後悔するんじゃないかな? 水樹のことを本気で想うなら、身を早く引いたほうが得策じゃない?」  西園寺はそう言うと、保健室のドアが開いて、人差し指を立てるとアリスの唇にそっと置いた。 「なっな……」 「しぃ……」  その瞬間、西園寺がベッドに乗り上げて、俺の身体を下へ押しやり頭まですっぽりと布団を被せた。頭上からは保健室に入ってくる足音が聞こえる。  カーテン越しに生徒の会話が聞こえる。 『僕、やっぱり水樹くんと結婚したくないよ。まだ会ったことすらないんだもん』 『そう勝手に決め込むな。水樹と番になれば、ヒートも治まるんだろう?』 『僕はケンに噛んで欲しい。もう他人のフリなんてしたくない! 昔沢山遊んだじゃないか! 僕はケンとずっと一緒にいたい!』 『悪い……。俺はおまえのことはそういう風に見られない。それに昔のことなんて覚えてない』 『それなのに、わざと学園では他人のフリしてくれと頼んだのもケンだもんね。酷いよ! 覚えてないって言いながら、自分が馬鹿みたいだ!』 『紫苑、落ち着け。……ほら、誰か、ベッドにいる』  シャッと遮っていたカーテンを引かれた。その低い声の男が足許に立っている。 「……西園寺か。聞いていたか?」  その声は門倉の声に似ていた。 「ううん、ちょうどお楽しみ中だったから何も聞いてないよ。……でも、ごめん。……まだ途中だからでてってくれる? ちょっと上手い子なんだ……ぅ…ね?」  西園寺のジョイスティックがうっすらと布越しに硬くなっているのがわかる。 「……わかった。邪魔したな。」 「そう、だから早く帰ってくれる?」 「……そうする」 「水樹には黙っておくよ」  西園寺はそう言って、布団越しに後頭部を押し付けた。立派に変化したジョイスティックが唇に当たってしまい、死にたくなった。 「助かる。じゃあな」 「じゃあね。ケン、良い週末を過ごすんだよ」  暫くして保健室が静かになると、布団をひっぱがす。新鮮な空気がこんなに愛しいなんて久しぶりだ。 「……ふっふざけんな!」 「あーあ、Ωちゃんなら美味しく頂いてくれるのになぁ……。アリスくんにはお口に合わないみたいだね。残念……」  誰がてめぇのきかん棒をうまい棒のように食べるんだよ! 誰でもそうだと思うなよ! 今度同じ事をしたら噛みちぎってやる! と心から思った。 「頂かねーよ! どけよっ!」 「そーゆうことだから、水樹の事は諦めた方がいいよ? βがαと(つがう)ことはできないんだ。僕達は君と違う世界の立ち位置にいるんだ」  西園寺は柔らかな表情(かお)で微笑んだ。

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