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第28話 対面と絶望
水樹は舌打ちした。
アリスは早朝から家におらず、出かけたらしい。今日は一日デートするつもりだった。
(……あいつLINLIN 無視してやがる! せっかくこの俺様が、デートプランを考えてやったのになんなんだ! あいつは!)
車の中で長い脚を組み、水樹は凛々しい眉根を寄せた。結局いつまで経っても、アリスは手に入らない。セックスしても、匂いをつけても、愛していると何度伝えても、するすると逃げられる。
なんでだ? この俺に何が足りない?
財力、知力、体力、全てを兼ねそろえているはずだ。それでも見向きもせず、逃げるアリスが気になってしょうがない。セックスの時はしどけなく感じているくせに、終わるとキッと睨みつけてくる。
しかしアリスの奴、最近可愛いと思っていたのに、なんなんだ、あいつは……
アリスが自分の匂いに興味を持ち始め、使用済みの服を貸してくれと頼まれると嬉しかった。速攻でゴミ袋に入れるのは気に喰わないが、やっと自分に興味を持ってくれたと水樹は内心喜んでいた。
「……坊っちゃま、あの……」
「なんだ?」
唐突に運転手が呼びかけてきたので、水樹は反射的に物凄い剣幕で睨みつけてしまった。
「……だ、旦那さまから至急戻れと連絡が御座いました。今からお屋敷へ戻らさせて頂きます」
「……すまん。そうしてくれ」
親父め! どうせ碌な用件じゃないな。
暫くして、車は広大な屋敷に到着する。不在の筈の父と母が大理石で囲まれた玄関ホールで水樹を出迎えた。
「水樹ちゃん、待ってたわよ。早くこっちに、来なさい」
「水樹、今日は大事なお客様がお待ちなんだ。早く此方に来なさい」
二人は珍しく機嫌を良く、微笑みを浮かべて水樹に言った。普段なら両親揃って出迎えなんてしない。幼い頃から水樹に笑顔なんて向けた事のない二人に疑問を持つ。
「なんですか、急に……?」
なんだ? なんか変だぞ、この二人……。
そして何処かで嗅いだ事のある甘い匂いが、家の奥から漂っている。
「うふふ、水樹ちゃん、もう気づいたのかしら?」
「やっぱり私達のした事は正しかったな。水樹、感謝しなさい。さぁ、お客様のところへ案内してくれ」
二人は仲睦まじくクスクスと笑い合っている。父親は背後に立っていた使用人に水樹を案内させようとし、指を鳴らして合図を送る。
なんだ……? なにか、おかしい……。
水樹は二人の様子に怪訝な顔つきになり、その場を離れようとした。
「坊っちゃま、すみません!」
「坊っちゃま!」
「……なっ! やめろ! 何をする!?」
瞬間、使用人達は水樹を急に押さえ込み、数人がかりで取り囲んだ。背中に両手を纏められ、手錠をされる。身動きが出来ない。そのまま、目隠しをされ、歩かされる。
……どこへ連れていかれる? 自分の部屋か?
使用人に囲まれながら、薄気味悪く笑む両親を後にして長い廊下を歩く。数人がかりで連れて行かれ、水樹は逃げ出す機会を窺う。
「坊っちゃま、それでは、これで」
「おい! 出せよ!」
使用人は水樹の手錠を外し、部屋へ押し込み、ガチャンと施錠した。
くそっ! 自分の部屋だ……。
ん、なんだ……? この強烈な匂いは……?
水樹は顔を顰めた。アリスと似た、先程から家から漂っている甘い匂いがベッドからした。そして、其処はこんもりと毛布が被せられて誰かいる。
アリスか?
アリスがそこにいるのか?
「……アリス?」
ビクッと毛布が揺れた。
なんだ、ここにいたのか……。
部屋で待っているなんて、可愛いじゃないか。
水樹は何も考えずにふらふらと近寄り、毛布を捲った。
「あ……、水樹く……ン……」
ーーーーッ!
瞬間、水樹は息を飲んだ。
直ぐに本能が欲しいと脳へ命令する。
いや、これは俺のモノじゃない。
欲しくない。
これじゃ無い。
必要ない。
必要ない。
欲しい。
欲しい。
欲しい。
欲しい
噛みたい
噛め
噛メ
噛ムンダ
本能が白い頸を噛みたいと強請った。
毛布には紫苑がいる。
一糸纏わず、裸で手錠をかけられ、白い躰を震わせながら横たえている。毛布からは甘い匂いが咽せ返るぐらい溢れていた。
シルクのシーツは濡れて、太腿には体液がべっとりと滲みていた。
これが、俺の運命の番。
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