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第29話 思考の整理

『アリス、おまえが好きだ』  門倉の低い声が鼓膜に張り付くように残る。そして、口腔内に甘い痺れが襲う。  僅かな唇の隙間を見逃すことなく舌が侵入し、舌を絡めるように触れてくる。門倉の唇に触れている自分に驚き、なすがままに貪られてしまっていた。ガッチリと片手で頭を固定され、リップ音が耳にこだまして聞こえた。  唇が離れると、門倉の胸元に両手を押しやり、アリスは独り言のように言った。 「……いや、だめ。うん、門倉は紫苑の好きな人だろ? だから、ごめん、気持ちには答えられない。そもそも、そんな風に見ていない。ごめん」  水樹の顔が一瞬頭に浮かぶ。散々キスやそれ以上の事をしている自分がそんな口を言える立場じゃない。それでも、門倉に変な期待を持たせたくない。 「……俺を少しでも意識して欲しい。駄目か?」 「だめ。……ごめんなさい」  そう言って、両手を押して食い下がる門倉から離れようとした。しかしながら腰に回された腕で身体を引き寄せられ、門倉はぐぐっと顔を上げて距離を近づけてくる。 「……俺が意識させる」 「んんっ……!!」  また唇が重なり、強引に舌を絡ませながら吸われた。  (か、門倉ってこんな強引な奴だっけ? あれ? 童貞なのにキス上手い。なんで?)  いろんな思惑が交錯し、頭を振って邪念を払う。懸命に唇を離そうとするとさらに逃げられまいと濃厚なキスへ変わっていく。 「……好きだ……」 「……ふ、ん……、ちょっ……!」  懸命に門倉から逃れようとするが、ビクともしない。好きの押し売りは勘弁だ。 (どうしてこうなる。門倉が俺を好き? いつ? なぜ?)  そんなターニングポイントなかったはず。  観覧車の半周分が終わり、横目で乗車場が見えてきた。 「アリス、俺は本気だ」 「……か、かど……くら……で、出口!」  指差しで、もうすぐ終わるぞ! と門倉にジェスチャーを送る。  すると、パッと門倉から解放された。 「……悪い、止まらなかった。……終わりだな」 「ぷはっ! と、止まれよ……っ……!」  新鮮な冷たい空気を吸い込み、ゼイゼイと肩を揺らす。門倉は濡れた唇を噛むと、少し笑った。すぐに扉が開いて係のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。 「ハイ、お疲れ様でした~! あちらの出口からお帰り下さい〜!」 「ほら、行くぞ」 「はっ、はい……!」  冷静な門倉に手を掴まれながら、アリスと門倉は観覧車から降りた。  そのまま電車に揺られて帰宅し、そそくさと別れようとすると唐突に手首を掴まれて連絡先を聞かれた。 「……アリス、連絡先を教えて欲しい」  憂いを帯びた瞳で、門倉は見つめてくる。  その表情にキュンとしてしまいそうになる自分がいる。  (いや、騙されちゃ駄目だ) 「駄目か?」 「……い、いいよ」 「ありがとう。これ、俺の連絡先。電話が欲しい」  てっきりLINLIN(リンリン)を交換するかと思ったら、電話番号が書かれたメモを手渡された。 「え、あっと。あの、俺、門倉のことは好きにならないし、それは一応言っとくよ?」 変に期待は持たせたくない。 何故こんなにも熱烈なアピールを先程から受けているのかアリスは分からなかった。 「はは、それでも頑張ってみるさ。たとえ無理でもな……。とにかく、電話が欲しい。アリス、またな」 「ちょ、門倉……!」 門倉はそう言って、最寄りの駅で手を振って颯爽と立ち去った。 ****  ……それが先週の土曜日。  そして、電話するタイミングを逃して月曜日が到来。 (電話、しなくて正解だよな?)    アリスははっきりと断ったつもりだった。親友の好きな人に告白されて、オーケーは出来ない。そして、門倉は水樹の友達。  ん、水樹?  水樹のメールに返信していないことに気づく。  嬉しい事に週末から水樹からの連絡が途絶えていた。どうしたんだろうと思ったが、思考の整理をしながら平穏に過ごしたくて返信はせずにいる。それがあんな悲惨な事になってしまう……、今のアリスには想像も出来なかった。

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