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第38話 被弾なき悲嘆
Pkj*********さん
セフレに連絡しましたが、音沙汰がありません。彼と連絡をしたいのですが、どうしたらいいのでしょうか? 彼氏は微妙な関係ですがいます。
ベストアンサー
そもそも失って惜しい存在ならセフレにしてませんから、これで終わりだと思います。彼はその程度しか思ってません。あなたには彼氏がいるそうなので、そちらを大事にしたら良いかと思います。欲張ってはいけません、あなたがやっていることは最低です。
Yuk*********さん
正直セフレとしか思ってないので、都合のいい時にまた連絡が来ると思います。賢者タイムであなたのような愚劣な人間性に冷めたのではないでしょうか。
(……はぁ、すぐにBABOO知恵袋に相談する癖をやめたい)
先ほど選んだベストアンサーを何度も眺めつつ溜息を吐き出す。
(俺、最低な人間じゃないか……。もう無理なのか……)
ネットのコメントがしごく当然のように刃の如く突き刺さる。
――水樹にもう会えないのか、アリスは気の狂うような懊悩文字 に苦しんでいた。
******
「アリス、大丈夫か?」
門倉が澄んだ瞳で心配そうに顔を覗き込む。さきほどの水樹の怒声と鬼気迫る顔が忘れられない。水樹に腕を掴まれた拍子に下駄箱の角をぶつけてしまい、門倉に保健室で消毒をして貰っていた。アルコールの匂いが鼻をついて、沁みた痛みに顔を顰める。
――おまえがオメガだったら……
「やっぱりさ、αとβなんて無理なんだよ。βには番なんてシステムがない。αを繋ぎ止めるものがない。俺がΩだったら、なんだろうな? 俺、幸せになれるのかな? でも、全部平均並だし変わらないよな。それに門倉、やっぱり……」
「やめない。こんな傷をつけてしまったんだ。俺がおまえのそばにいる。水樹を怒らせたのは俺のせいだ」
……やっぱり、付き合うなんてやめようぜ?と饒舌に喋って誤魔化す前に話を遮られた。門倉は怒りに燃える瞳でこちらを見据える。
「いや、だってさ……」
「水樹に付き合ってると伝えた。それで水樹はアリスに確かめようとしたんだと思う」
水樹の苦しそうに歪んだ顔が忘れられない。
腕を掴まれ、額から流れる自分の血よりも、水樹の太い腕に青黒い歯形に目がいった。その周辺も暗赤色に鬱血していて、痛々しく残っていた。
「すごい怒ってたもんな。……でも、なんだか水樹おかしかった」
目の縁に青黒い隈が濃く浮き出て、視線がぐらぐらと動き、まるで何かに操られているようだった。それでも、あんな怒りをぶつけられたのは初めてだ。
『――絶対に許さない!』
激しい怒りに足がすくんで動けなかった。
「……そうだな」
「水樹、本気で怒ってた。…………でも、当たり前だ。俺が悪いんだもん。本当は俺、水樹と寝てた。馬鹿だよな? Ωじゃないのに、何度も水樹に抱かれて、逃げなかった。それなのに水樹を裏切って、傷つけたんだ。怒られて当然だよ。だからさ、やっぱり門倉とは付き合えない。勝手だけど、付き合うとか、そんな資格ないんだ。軽蔑したろ?」
何も言わない門倉に早口でまくし立てる。つらつらと長い台詞を並べれば納得してもらえると思った。
何度も耳許で愛の言葉を囁いていた水樹。愛されていると自惚れていた自分がいた。いつも無理矢理だとしても逃げれた。それなのに快感に溺れたふりして逃げなかった。
「そんなこと知ってる」
「あ、そうなん……だ……」
「水樹には番がいるぞ」
「……っ……」
「水樹と紫苑はもう番を立てたはずた。アリス、おまえが入る隙はない」
「ないけど! 一度ちゃんと水樹に俺から話してみるよ。それで謝る」
「無駄だ。水樹は絶対に話など聞かない。また傷つけられるだけだ」
「それでも……、でも……」
「アリス、謝ってももう遅い。俺がおまえを守るから。だから、泣くな」
両目から大粒の涙を門倉の手が掬いとる。
どうしてこんなに涙がとまらない?
水樹に許しを乞えばおさまるのか?
「か、門倉……」
「アリス、水樹は本気で俺達を潰してくるぞ」
ぎゅっと抱き寄せられる。
その温かさに、身体を預けたくなるが反射的に両腕で抱き寄せる身体を引いた。それよりも門倉の力が強くて身体が密着してしまう。
水樹の顔が忘れられない。
『――絶対に許さない……!』
水樹の怒りで尖った声がまだ耳に残っている。
門倉と一緒にいてもいいのか、いや、でも……。
捉えどころのない悲しみが目に焼き付いて離れない。
ざわついた気持ちのまま教室に戻ると、普段と変わらない教室にアリスの席はなかった。紫苑の隣だけぽつんと空間が空いてある。教室へ足を踏み入れただけで、ざわついていた教室がしんと静まる。周囲の生徒は傍観者ごとく立ちすくみ、アリスに鋭い視線を向けた。
水樹はこの学園の王だ。
つまり、王様の逆鱗に触れた。
逆らうものは見せしめのために罰する。
恐らく、水樹は自分を絶対に許さない。
――王様の気持ちを踏みにじった怒りは学園中を敵にさせたというわけか?
「水樹さんを怒らせた。門倉さんまで手を出した淫売だ」
自分の席へ早足で歩いていると後ろで吐き捨てるように誰かが言った。わざと足を引っ掛けるものもいる。俯きながら、無言で見えない机へ歩いていく。
「ア、アリス……」
「雅也、しばらく俺には話しかけない方がいい……」
おろおろする雅也にすれ違い様に小声で言う。顔を上げると紫苑と目が合う。
「……アリス、おはよう」
「紫苑、おはよう……」
「とりあえず椅子を持ってきて、僕の机を一緒に使おう? 横に置けば大丈夫」
紫苑は溜息をつき、困った顔をしながら光り輝くような微笑みを溢した。
「あ、ありがとう……」
「額の傷は大丈夫?」
「う、うん……」
心が重くなるほどの罪悪感に駆られ、どうしても紫苑の大きな瞳が見れない。
「僕もさ……、ここ、まだ痛いんだ」
「……え?」
紫苑は首を傾けて白桃色の肌を露わにすると、項 に赤黒く色ずんだ歯形を見せてきた。
――みず……き……のか……
そして噛んだということは……。
見せつけられる自分の首が痛くなるほど、色濃く残る噛み跡を凝視してしまう。
それは紫苑が水樹の番 だという象徴。水樹が自分の意志で歯を立てて噛みついた。
「……あ、僕……」
紫苑は長く濡れた睫毛を瞬かせながら、震える声を出したが聞きたくない。
「お、おめでとう。紫苑……。お、俺、職員室に行ってくるよ」
「そっか。わかった……」
華奢な身体、大きな瞳、性格の良さ、全てにおいて紫苑が以前よりさらに完璧に映る。
途端に自分がひどく惨めな気分になって、その場から離れるように逃げ出した。自然と足が動き、親衛隊や他の生徒のにやにやした軽蔑の目を避けて、教室を飛び出し廊下を走り抜いた。
――おまえがオメガだったら……
肩が揺れて息が迫り上がり、喉の粘膜がからからと張りつく。
ずっと、水樹はバースなんて関係ないと思っていた。見えない糸で、αとβは繋がれたんじゃないか、そう信じていた。
――いや、信じようとしなかったのは自分だ。
赤黒く膨張し、皮膚が爛れるように腫れた歯形は衝撃だった。
αとΩというバースは存在する。
所詮、自分はβだ。
番 ない。
でも、やっと、分かった。
走りながら、生ぬるい涙が頬を伝う
失って、やっと気づいた。
もう遅い。
何度もこうなることは予想できた。自分の気持ちを伝えるのを躊躇ってしまった結果がこれだ。親にも教えてもらって導いた答え……。
『――お前の世界を見せてくれよ』
笑って唇を重ねる水樹の記憶が砂となって、両手からこぼれ落ちていくように消えていく。
(どうしよう、でも、水樹に会って話したい)
夢から覚めたように、アリスはそう思った。
いまさら、遅い。
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