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第40話 呵責と悔悟2

 ――だめだ、こんなの! 「どうした?」 「ごめっ、門倉、……っ、俺、水樹が好きだっ、ごめん」  自分から選んでおいて、その相手を間違えた。何度も唇に重ねられ、その唇に怯えてしまっていたことに気づく。最悪な自分を思い知らされ、何ともいえない悲しみが胸を突いてくる。  俺が欲しいのはこの唇じゃない。  分かってる。  ――この想いは叶うことすらない 「……」 「ごめん、門倉、ごめん」 「謝るなよ、急に悪かった」 「いいんだ、自業自得だよ。門倉、こんな自分に心配してくれてありがとう。――でも俺、門倉の気持ちに応えられない。ごめんなさい」  アリスは深く頭を下げ、額を擦りつけんばかりに謝った。その様子に門倉はため息を小さくつく。 「……意思は変わらないのか?」 「うん。ごめん、本当にごめん。俺、水樹が好きなんだ」 「謝らなくていい。でも水樹、学校に来てないぞ。どうする?」 「どうするって……。え、え、き、来てないの?」  顔を上げて体勢を整える。ベッドの端に腰を下ろし、門倉の顔をまじまじと見てしまう。    あの万年皆勤賞ゴリラの水樹が登校してない? 「とりあえず、着替えろ。紫苑からは一応元気そうだとは聞いてるけど、なんだか様子が妙なんだとさ」 「……妙?」  水樹の様子は普段から変なので、その言葉に驚いてしまう。いそいそと着替えながら門倉を横目で追うと、門倉は腕組みをしながら険しい顔になり考えごとをしていた。 「苛立って、自室にこもっているらしい。紫苑も一緒にいるが、紫苑も意味ありげな表情だったし、多分、二人はなにか隠している……」  ――隠す? 何を? 意味ありげな表情?  想像できない内容に言い知れぬ緊張が漂う。 「でも、二人は(つが)ったんだよね?」 「そうだな。だが、紫苑から水樹の匂いがしない。いや、薄く匂いはしてるが、ほぼ無臭に近いな。歯形も僅かに消えている気がする」 「消える?」 「ああ、普通は(つが)った証拠に相手の犬歯で噛まれた皮膚は壊死し、その部分だけは残る。それなのに紫苑の歯形は治癒して消えている気がする。本人はチョーカーで隠しているが、なんとなくそう思った」 「じゃあ……」 「いや、俺の考えすぎかもしれない。まぁ、明日紫苑にでも確認すればいいさ。あと雅也って友達も心配していたぞ」  そう言って門倉は横に置いたプリントに視線を移すと穏やかに微笑んだ。いつもの門倉の顔に戻り、ほっと胸を撫で下ろしてしまう。 「うん、色々と教えてくれてありがとう。明日は学校行くよ」 「困ったら相談してくれ。ただ、紫苑も憔悴しきっているように見えるし、あまり好ましい状況ではないな」 「…………ふーん、なんか聞いていると門倉さ、もしかして紫苑の方が心配なんじゃない?」  冗談半分で口に出したつもりが、その言葉に眉を寄せて睨めつけられる。どうやら本心をくすぐったようだ。 「俺はあいつをそんな目で見てない」 「そんな目って、どんなだよ? 幼馴染なら心配になるだろ」  門倉は顔を逸らし、舌打ちを漏らした。 「……言うなよ。昔、あいつが兄弟から襲われたとき、助けられなかったんだ。無事だったけど、俺はあいつを見捨てた。だからもう紫苑を守る権利はないし、そういう目で見たくないんだ」 「兄弟? どういうこと?」 「紫苑は初めて発情(ヒート)した時に実の兄達に噛まれそうになったんだ。その時は俺の部屋に匿ったが、身体が拒否してあいつを一人残して別室に移動した。……傍にもいてやれないし、何も出来なかった自分に嫌気が差して反吐がでたよ。……だから水樹と(つがう)ことでその兄達からやっと解放されると知って、俺は黙って見守ると決めたんだ」  なんだよ、それっ……。  アリスは言葉を失った。  紫苑がそんな悲しい境遇があったなんて知らなかった。 「じゃあ、もし水樹の(つがい)になってなければ……」 「また、兄達の餌食にされる」  酷い。人間じゃない。家族だろ? 紫苑の意志は? まるで逃げ場がない。 「――そんなの、門倉が噛めばいいじゃないか」 「……っ……簡単に言うなよ! 俺にはそんなことできないし、あいつをそういう目で見たくない!」  初めて見せる門倉の動揺した声音に驚いた。βの自分にとって(つが)うという行為がまだ理解出来ていない。いや、出来ない。 「そ、そっか。ごめん、そんな安易に言うべき事じゃないよな。でも、門倉、後悔してるんじゃないか? 俺、別に守られなくても平気だもん。余計なお世話だけど、紫苑を守った方がいいと思ったよ。……もしからしたら、間違えてたかも」 「……俺が? 間違える?」 「そうだよ。お互いにさ、間違えてたんだと思うよ? もう遅いけど」 「……わからないな。けど、おまえのその芯の強さには惹かれるよ。……ま、明日は学校来れそうだと紫苑に伝えておく。心配していたからな。悪いが、俺はこれで帰る」  そう言い残すと、門倉は口許に笑みを浮かべて立ち去った。去り際も爽やかな好青年なところがやはり嫌いにはなれない。    ――でも、ごめん、門倉。おまえにはもっと良い奴がいる。絶対にいる。  心の中でそう思うが、何故か自分が振られた気分になってしまい、その日はそのまま布団に潜り込んでふて寝を繰り返した。 そしてその晩に紫苑から初めて着信があった。  母親の怒号で目が覚め、着歴に気づいたのは翌日の朝だった。

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