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第2話 嫌
僕が先輩のシャーペンを壊した日からさらに一週間が経った。あれから僕と先輩の関係は特に変わりはない。カフェにもあれから行けなかった。それは、僕と先輩では授業の終わる時間が違ったり、先輩が部活のヘルプに行ったり、僕が放課後、補習になってしまったりと何かとすれ違っていたからだと思う。
「和泉さんノート回収なんだけど。私このあと用事あるから早くしてくれないかな」
「あ、す、すみません」
窓の外をぼんやりと見ていたせいで、クラスメイトの女子に注意をされる。提出予定の現代文のノートを差し出すと勢いよく奪い取られた。人数分のノートを持って教室のドアまで行くと連れの女子がいたのか「ごめんねー」と廊下に出て行く。
僕は、クラスの全員から嫌われていると思っている。いや、嫌われているのだ。それはこの高校に僕と同じ中学の人が多いからだと思う。
「はあ……」
思わず大きな溜息がこぼれる。
僕は中学三年生の頃、親友に告白をした。中学で初めて親友だと思えた子だった。告白は誰もいなくなった放課後の教室でした。結果は残念だった。
ここまで聞くと、ただの失恋話だと言える。だが、僕が告白した親友は「男」だった。今時、同性が好きな人なんて何も珍しくはない。だけど、僕らはまだ中学生という子どもだった。
そして――
僕は親友に裏切られたのだ。
親友だった子は周りに「和泉朔夜に告白された」と言いふらし、僕をゲイだなんだと嘲笑った。それが、高校に入っても続くなんて僕らはどこまで子どもなんだろうか。いや、もしかしたら親友に告白をした僕も悪いのかも知れない。
四時間目が終了し、クラスメイトはお弁当を食べに他クラスへ行ったり、教室で固まって食べたりしている。僕もリュックからお弁当を出し、お昼にする。
「はーあっちい。さすがにもう外で体育やりたくなくね?」
「もう六月だしな」
突如、廊下が騒がしくなった。僕はチラッと廊下の方を見る。そこには二年生の先輩たちがいた。
僕らの教室は二年生と同じ階にある。四時間目が体育だった二年生の先輩が廊下をぞろぞろと歩いていた。教室が一瞬だけ沈黙に包まれる。僕のことを嘲笑う彼らも、先輩の前では下にしかなれないのだ。僕は構わずお弁当を食べる。
「旭陽ぃ、汗拭きシート持ってない?」
「ん? あるよ。一枚百円な」
「はあ⁉ 金とんのかよ!」
突如聞き覚えのある名前が聞こえてきた。僕はお弁当を食べる手を止めて、廊下を見る。すると案の定、旭陽先輩だった。僕は気付いて欲しくて廊下を見続けた。すると先輩がこちらを見た。
「あ……」
気付いて欲しくて廊下を見ていたのに、先輩と目が合うと何故か僕は視線を逸らす。不自然だっただろうか。嫌な気持ちにさせてしまっただろうかと、急に脳内がぐるぐると忙しくなった。
「お……ちょっと先行ってて、すぐ戻るわ!」
「汗拭きシート貰っとくからな!」
「リュックの右ポケットに入ってる!」
廊下に響き渡る旭陽先輩の声が耳に入ると、お弁当を食べる手が自然と早まる。すると、先輩が僕らのクラスに入って来た。女子の何人かは小さく歓声をあげている。旭陽先輩は、世にいうイケメンなのかもしれない。
「朔夜!」
「せ……んぱい」
「お昼一人なの?」
先輩が、僕の机に肘を置いて話す。真正面にいる先輩は、体育終わりだというのに汗のにおいなんて感じられなかった。
「まあ……色々事情がありまして」
僕が微苦笑すると、先輩は口を真一文字に結んだ。そして頬杖をついたままクラスを目だけで見渡した。僕もそれにつられて教室を見た。何人かの男子生徒は気まずそうに僕から目を逸らした。女子も同じだった。
「ふーん……」
「先輩……?」
「……朔夜、明日から俺とお昼食おう!」
そう言って先輩はしゃがんでいた姿勢から勢いよく立ち上がった。机がガタンと音をたてる。
「え、なんで……ですか?」
「俺が朔夜と食べたいからってだけじゃだめ?」
「だめじゃなくなくないですけど……」
「どっちだよそれ」
僕が曖昧な返事をすると、先輩は口元を隠しながら笑った。先輩はもしかしたら凄く繊細な人なのかも知れないな、なんて思った。
「やべ、昼休み無くなるからそろそろ戻るね。それじゃあまた明日」
「は、はい。また」
教室にいつもの空気が流れだした。「二年生の先輩」という異物が入り込むだけで変化する教室が何となく不気味に感じた。
「ねえ今の先輩めっちゃかっこよくなかった⁉」
「私も思った! でも何で和泉となんか……」
「ほんと、あんな奴と話すとあの先輩が穢れちゃう」
一部の女子たちが僕にも聞こえるように話した。嫌だななんて思いながらも、僕だけが許されている立場に少しだけ優越感すら感じられる。僕と会話しているからといってかすむような先輩ではない。先輩は綺麗で優しくて繊細で、と脳内で対抗する。
「はあ……あの先輩、私と付き合ってくれないかな……なんて」
「あははっ! アタックしてみたら?」
「えーがんばっちゃおうかな?」
突然耳に入った女子たちの言葉に胸が急に苦しくなった。僕はずっと先輩とカフェ友で、学校の先輩後輩で、一緒の委員会でいられると思っていた。僕にとって先輩が特別な存在でも、先輩にとって僕はただのカフェ友や後輩なのかも知れない。そう思うと、途端に今の先輩との関係が脆く感じた。
――先輩にとって僕は何?
そんな風に聞いてみたくなった。僕は我が儘なのかもしれない。
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