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弟の悦び14
***
塾を終えて自宅に帰る。部活をサボったお蔭でいつもより早く帰宅できたものの、弟がいる家に帰るのはやはり気が重かった。
「ただいま……」
リビングに足を踏み入れた瞬間に、ソファに座っていた弟が振り返り、大きな瞳が俺の顔を見つめる。目の前にあるテレビは弟の好きな番組が映し出されていて、賑やかなやり取りがなされているようだった。
「兄貴、おかえり!」
いつもと変わらない表情と声色に、思いっきり面食らうしかない。
「あ、うん」
「父さん出張先のトラブルで、今夜は帰れないって。それがわかった途端に、母さんは友達とカラオケしに行っちゃったよ。ご飯テーブルの上に用意してるから、チンして食べてねって」
弟は母からの伝言を流暢に言い終えると、俺から視線を外してテレビに見入る。見つめられたときから、躰が金縛りにあったかのように動けなくなったので、一気に解放されたことで胸を上下させて呼吸し、なんとか平静を保った。
「……わかった」
自室に向かうべく踵を返して歩き出したら、いきなり背後になにかが勢いよくぶつかった。その衝撃に耐えようと下半身に重心を置くタイミングで、細長い腕が俺に絡みつく。
ボディソープのフローラルな匂いが、ふわりと鼻に香った。
「兄貴、あんなことをわざわざしてまで、僕に嫌われようとしたんでしょ?」
流しっぱなしになってる背後のテレビの煩さとは対照的な弟の声は、とても低いものだった。怒ってる感じとは違うそれに、背筋がゾワっとする。
「ああ、そうだ。好きでもない相手とヤった気分は、最低だったろ」
忌々しげに俺が告げると、弟はクスクス笑った。笑うようなことを言ったつもりがなかったため、頭の中がさらに混乱する。
「さすがは兄貴が選んだ相手だよね。躰が震えちゃうほど感じまくったよ。すごく上手だった」
言いながら俺の躰に回した腕に力を込める。痛いくらいの抱擁に顔を歪ませて振り返り、弟を睨んでみせた。
「すごく上手って――」
「だって兄貴は、僕の乳首と尻穴しか刺激しなかったでしょ。若林先輩は僕の感じるところをわざわざ探してくれてさ、あちこち触ってもらったんだ」
「俺と比べるなよ」
「比較させるようなことを企てた兄貴に、そんなことを言われたくないね」
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