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兄貴の困惑5

***  兄貴の気を惹くためとはいえ、正直なところ僕自身も他人に躰をあまり触れられたくないこともあり、若林先輩を呼び出すときは、短い休み時間を利用することにした。1階にある三年の教室から3階の一年の教室に移動するだけでも、時間を稼ぐことができるのはラッキーだと言える。 「辰之くん、行くぞ!」  教室の扉を開けた瞬間なされた、下の名前での呼び出し。逢瀬の時間が刻々となくなっていくのもあり、若林先輩が焦っているのが丸わかりだった。  しかしながら教室に顔を出した相手が三年生ということで、自然と目立ってしょうがない。この状況に僕は渋々といった様子で自分の席から腰をあげて扉に向かおうとしたら、箱崎がいきなり腕を掴んで引き止める。 「黒瀬、どうして若林先輩に呼び出されたんだ。今まで接点がなかっただろ」 「兄貴経由でちょっとね……」 「黒瀬先輩経由? だったら、なおのことおかしいって」  箱崎の行かせたくない気持ちが、僕の腕を掴む力に表れていた。 (これが兄貴だったらよかったのに――) 「箱崎が心配するようなことは、本当になにもないよ。進路について、ちょっと相談にのってもらってるんだ」 「進路?」  さらに眉根を寄せて僕を見下ろす箱崎を説得しようと誤魔化す言葉を考えたそのとき、目の前に現れた人物の大きな背中が視界を遮った。 「邪魔邪魔! 箱崎ぃ、とっとと辰之くんから腕を放せよ」  かなり焦っているのだろう。いつの間にか若林先輩は堂々と教室の中まで入り込み、箱崎の腕を掴んで僕から引き離すなり、攫うように連れ去る。 「黒瀬っ!」 「箱崎大丈夫だよ。行ってくるね」 (音楽室での交渉後、短い時間で三発イった早漏の若林先輩が僕にナニをするのか。そこのところに興味があるし……)  作り笑いしながら力なく手を振る僕を、箱崎は歪むような苦しげな顔のまま見送った。若林先輩がバイなのを知ってるゆえに心配して、ああやって止めに入ってくれたのだろう。  僕は若林先輩に手を引かれて、3階の一番奥にある誰も来ないであろう教材室に連れ込まれた。登校後に盗聴器のチェックを入念に済ませていたが、空き時間に仕掛けられていたら朝のチェックが無駄になる。

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