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兄貴の悦び12

「俺は黒瀬先輩よりも、黒瀬が好きだよ。はじめは声だけだった。親しく言葉を交わしてどんどん仲良くしていくうちに、黒瀬の全部がほしくなった。俺の言葉を素直に聞いてくれるその耳や、澄んだ声を出してくれる唇とっ痛っ!」 「辰之から手を離してもらおうか、箱崎……」  怒りをおさえた兄貴の震える声に、箱崎は慌てて僕から手を離し、恐るおそる後ろを見やる。 「黒瀬先輩……」  箱崎に兄貴は僕のものだということを見せつけてやろうと、ここに来る前にLINEで兄貴に連絡していた。こんなナイスなタイミングで現れてくれるとは、奇跡に近いと言える。 「兄貴、来てくれたんだね」 (箱崎が好きな相手が僕だったという事実を目の当たりにして、兄貴はどんな気持ちでここに来てくれたんだろうか)  僕から箱崎は手を離したというのに、兄貴は箱崎の手首を掴んだまま、握り潰す勢いで離さない。 「辰之おまえは、隙を見せすぎなんだよ。気をつけてくれ」  箱崎に対する怒りが、言葉になって僕にぶつけられた。ムッとした表情の兄貴に、微苦笑を頬に浮かべて返事をする。 「兄貴と違って、僕はモテないよ」  機嫌の悪い兄貴を宥めるのに、一苦労するなと考えさせられた。 「本人にその自覚がないってところが、壊滅的というか……」  兄貴は呆れながら箱崎に視線を飛ばすと、告げたセリフを肯定するように首を縦に振る。意見が一致したからなのか、兄貴は掴んでいた手を放し、僕にしっかり向き直った。 「壊滅的って酷くない? 実際、僕は本当にモテないっていうのに」 「箱崎が辰之に特別な感情を抱いてること、最近になって気がついた。同じ気持ちで辰之を見たからこそ、わかったのかもしれないが」 「黒瀬先輩にはかないませんね、さすがです」  歪んだ笑顔を見せた箱崎は、しっかりと頭を下げる。 「黒瀬、いきなりキスしてごめん! もうあんなことしない、だから」 「友達以上にはなれないけど、これからもよろしく」  箱崎の言葉尻を奪って、優しく語りかけた。僕のセリフを聞いた箱崎はすぐさま頭を上げたのだが、その面持ちはアホ面丸出しだった。それを見た兄貴が口元を押さえたが、それでもブッと吹き出す。

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