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特別番外編【Voice13】

「若林先輩、この手を放してください。嫌われたいんですか?」 「違っ、あっ…あのそんなんじゃなくて…さ。箱崎に嫌われたくないのに、どうしても手が放せない」  告げたことを証明するように若林先輩に掴まれた腕が、痛みを感じるくらいに握りしめられる。 「いい加減にしてください。痛いですって」 「好きなんだ!」  今度はわけのわからないことを口にされたせいで、俺の眉間に深い皺が寄ったと思われる。 「若林先輩が惚れっぽいのはわかりました。ヤった相手に、好意を抱いてしまうタチなんですね」  吐き捨てるように告げた俺のセリフを否定したかったのか、若林先輩は必死に首を横に振りまくった。 「箱崎違うんだ。話をちゃんと聞いてくれ」 「なにが違うんですか。俺は事実をわかりやすく例えたでしょう?」  口論してる間も、掴まれた腕を振り解こうと力を入れたのに、簡単にねじ伏せられてしまうのがすごく悔しい。 「俺はおまえをヤってないだろ。むしろ俺がヤられた側だ」  揚げ足を取るような言葉にハッとして、抵抗する腕の力を抜いた。逃げないことがわかったからか、掴んでいた手を外してくれる。 「確かに逆ですね……」 「辰之くんはいいなと思ったけど、黒瀬が好きな時点で恋愛は成立しない。片想いにもならなかった」 「あの、黒瀬を下の名前で呼ぶのはどうかと思います。そこまで親しくないのに」  ずっと引っかかっていたことを、やっと指摘することができた。俺はこれから先も、彼の名前を呼ぶことができないだろう。ただの友達という間柄ゆえに、越えられない壁がある。 「じ、じゃあ黒瀬弟にする。兄弟で呼べば違いがあって、わかりやすいだろ?」 「いいんじゃないですか」  若林先輩の口から黒瀬の名前が出てこなければ、他の呼び名なんてどうだって良かった。 「箱崎だけじゃなくて、他のヤツも俺がゲイだと知ってるせいで、いろいろ言われるんだけどさ」 「…………」 「黒瀬弟となんやかんやあって以降のおまえの視線が、やけに気になったのがきっかけだった」  確かに黒瀬と仲良さそうにしていたことで若林先輩を敵視した自覚はあるが、そこまで見つめた記憶はない。嫌いな相手をわざわざ視界にいれるなんて、無駄な行動をするはずがなかった。

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