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「めっちゃムカつくと思わん!?」
ダンッと机を叩き、向かいに座る俺の4歳上の兄──栄(さかえ)に泣きつく。栄は困り気味に眉を下げると頬を掻いた。
「僕にそんなこと言われてもなぁ。睦月くん通常運転じゃない? そりゃ、浮気はどうかと思うけど」
「浮気ってなぁ! 普通の浮気やったらまだええわい!」
「お前心広いな……」
「栄だって呑気でおられんねんで! 今回の睦月の浮気がいつもみたいのとはワケが違う!ただ三年目の記念日に睦月が浮気しとるだけと違うんやからなぁ!!」
力一杯に捲し立てる俺。ここまで言えば分かるだろうか。栄は何事かと眉間に皺を寄せた。
これは最早、俺と睦月だけの問題じゃない。
栄にだって十分に関係する。栄はじっくりと俺の顔を見ると、やがてその細い目を見開いた。
「──まさか…」
「言いにくいけど……うん」
「……あんのクソ兄弟何考えてんねんッ!!」
バンッ!!
机を両手で叩き、栄の恐ろしい形相に俺がビクつく。素早い動きでポケットからスマホを取り出すと、ある所へと電話を掛ける。
ある所とは、もちろん──
「皐月くん? 僕、栄やけど。円から事情は聞いた」
抑えきれない怒りで電話をする栄の手が震えている。栄がこれほどまでにキレてる理由。それは
「僕と君の関係はそれまでやったってことやな。どーぞ、睦月くんとお幸せに!」
皐月さんと栄は恋人同士だからだ。
ぶつっと問答無用で切ったスマホを放り投げると荒々しく座り直す。不機嫌丸出し、くっきりと額に寄せられた皺が物語っている。
「さ…栄…」
ピンポンピンポンピンポン!!
途端、室内に鳴り響くチャイム音。間をおかず連続に鳴る音に必死さが伺える。
「早っ、さすがお隣さん……」
「なんも聞こえへんなぁ」
言いつつ、立ち上がるとインターホンの前に行きボリュームをOFFにした。あんなに煩かったのに、一瞬にして聞こえなくなる。
「頭痛なってきた、僕休む」
「休む前に一つ良いですか」
「えっ……ぐぇ!」
背後から聞こえてきた声に振り返ろうとした栄が一瞬にして吹っ飛んだ。なにがあったって? それはもう恐ろしく、ただ栄の後ろに魔王様が降臨なされていたとしか言う他ない。
い、いつの間に? 俺も栄も唖然である。
「だっ…だいじょ…ひぃ!!」
前に吹き飛んだ栄に声を掛けようとして、魔王様に凄い剣幕で睨まれ悲鳴を上げる。無理。怖すぎる。
魔王…もとい、皐月さんはいつもの無表情に戻ると、虫けらを見るが如くの目を蹲る栄に向けた。
「あの電話、どういうおつもりですか」
「痛っ…お…お前こそどういうつもりやねん!ごはっ…!」
「私が、質問しているでしょう」
容赦ない蹴りが栄を襲う。バキッと痛ましい音に反射的に身を竦める。やばい、皐月さんめっちゃキレてる。
「さ…栄ぇ…」
「へぇ、随分余裕そうじゃん」
背筋が凍るような声が、耳元から。
え、え…なんで? なんで後ろに?
首から胸にまるで蛇が巻きつくように伸びた白い手。
振り返るのが恐ろしく前を見るしかない。前は前で、栄がエライことになってんねんけど。
「こっち見ろよ、円ぁ」
「ひぃっ」
ぐいっと顎を掴まれ、無理矢理後ろを振り向かされる。首から変な音がしたけど、問題ではない。がちがちがちと歯の根が合わず、顔面を蒼白させて視線をゆっくり上げれば……もう一人の魔王様が冷酷な微笑を浮かべておりました。
「永遠におさらば、だっけ?」
「ごっ…ごめんっ、むつっ…ぎっ!」
髪を後ろに引っ張られ、仰け反る。晒された喉仏に睦月が噛み付き、突如走った痛みに顔を歪めた。遠慮の欠片もなく歯を突き立てられる。
食われる…!
一瞬にして直感し、防衛本能がフルで働き俺はありったけの力を込めて、睦月の体をおしのけた。……それがまずかった。
「あっ…!」
よろめいた睦月が後ろのシェルフにぶち当たり、飾っていた物達が音を立てて落ちた。背中を打っただけで睦月に大きな怪我はないけど、睦月がピクリとも動かない。
これは……ヤバい。
こめかみに伝う汗、助けが欲しくて栄達を見る。が、
「あっあああっ! おねがっ…もうっやめて…! 許し…んん゛っんひっあっあっ!」
それどころじゃなく、皐月さんの下で栄がぐちゃぐちゃに犯されていた。悲痛に泣いて懇願する栄の声と肉がぶつかる音が混じり合い厭らしく響く。
「いやっ、まどかぁっ、見んといてぇっあ゛ぅっ」
「っ、私としているときに他のことを考えるとはいい度胸してますねぇ…」
「違っ、ひっ…いやぁぁぁっ!」
栄の叫び声に思わず耳を抑えて硬く目を瞑る。
これ以上見れない。あんな……
「──円」
「あ……」
今さら‘‘ごめんなさい”と口にするには遅くて、逃げることも出来ない俺は。
こんなはずじゃなかったと何度も呟いた。
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