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「睦月ぃぃぃ!!」
「うるさい」
部屋のドアを開けた瞬間、ビュッと横切った何かが後ろの壁にぶち当たってガシャーン! と派手な音を立てた。
何事かと顔を青くして振り返ると、粉々に砕け散った花瓶であった。
それはいくらなんでも酷くないか。当たったら確実に死ぬで。
「ノックぐらいしろよ」
「あ、ごめん…。って、お前、あの写真っ」
「よく撮れてるだろ」
「そういう問題じゃなくて、消してよ!」
「やだ」
やだ、ってこいつ。にべもなく断る睦月に取り付く島がない。たじろぐ俺に睦月はため息を吐くと、ボソリと呟いた。
「記念写真だから」
「……え?」
「三年目なんだろ俺たち」
シニカルに笑みを浮かべた睦月にきゅんと胸が締め付けられる、そんな俺は相当な馬鹿だ。
しかし、隣にいた栄の姿を思い出して慌てて頭を振った。
あれはあかん。俺は良くても栄だけは……!
「だっ、駄目。栄も写っとった。マジで消してくれ頼む!」
土下座する勢いで睦月に頼み込む。そのせいで俺は必死のあまり栄の名前を出した途端、睦月の機嫌が急降下したのに気付けないでいた。
「へぇ……栄さん……」
「なっ何でもするから、ほんまに…栄だけは…」
伸びてきた影に一瞬遅れる。顔を上げるより先に胸ぐらを掴まれ、ベッドにへと投げ飛ばされた。
「わっ!」
柔らかいベッドは俺の身体を包み込み、痛みはあまり感じられなかったが急なことに瞬く。あれ、もしかして俺、睦月の地雷踏んだ?
「何でもって言った?」
「あっ…あぅ…む、つき…」
ギシッと乗り込んでくる睦月の表情は酷く冷たい。恐ろしさに身を小さく屈める。
何でもとは言ったが、出来ることなら痛いのは勘弁してもらいたい。
睦月の目を見てられなくて、視線を下げる。と、睦月の腕にキラリと光る銀色。
「あ…それ……」
「は?」
長袖から覗く銀色の光。細い銀の鎖に散りばめられた青い石がさりげなく輝いている。見覚えのあるブレスレット。
それは俺が記念日に買ってきたプレゼントである。ただ昨日、ケーキと共に睦月の家に置いてきてしまったので、捨てられていたと思っていた。
なのに睦月がつけてくれているなんて。
「……嬉しい」
「っ…!」
純粋に口にする。
ここは普通「円……」と言って優しく抱きしめる感動の場面であるのに、何故か睦月の拳が顔の横すれすれに飛んできた。ひぃっ、と胸で手をクロスして見上げると、すごく嫌そうな彼の顔。
「馬鹿じゃない。お前さ、今どういう状況か分かってるわけ?」
「む、睦月……」
まじか、このままお仕置きコースか。睦月のどこを地雷踏んだかわからないけど、大人しく受け入れるしかない。じぃっと睨んでくる睦月に涙ぐんで見つめ返す。
さらば、安息の時。
「……まぁ、いいよ」
「え……」
覚悟を決めた俺に、予想もしない台詞。
「今日は大目に見てあげる。ちゃんと記念日祝えなかったわけだし」
そう言って、一旦睦月は俺の上から退く。
あの睦月が何もしないで許してくれた? え、なんで。
普段なら考えられない睦月に呆気に取られる。
「それに俺もプレゼントがあるんだよね」
プレゼント? これも、睦月にしては珍しすぎる。何故ならプレゼントなんて一度も貰ったことがない。誕生日にさえ貰えないのだから、記念日に用意しているわけがなかった。それに一年目の記念日は彼は忘れていたし、二年目の記念日は女と浮気していた。
毎年俺は一人泣きながら記念日を祝うことになっていたから、睦月の口から記念日と単語が出るだけで実は内心すごく驚いている。
ああでも。もし、本当に彼が今年から(皐月さんとのことは忘れるとして)ちゃんとしようと思ってくれているなら、こんなに喜ばしいことはない。
ガサゴソと何かを探している睦月の背中に、つい嬉しくって笑みが溢れる。
が、睦月が振り返り、一瞬にして笑顔が引き攣った。
ヴィィン…と蠢く禍々しい物体。それは男性の性器と酷似しており、なんとも凶悪で。
睦月はそれを厭らしく舌で舐め、今年一番の良い笑顔を見せて言う。
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