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「わぁ、睦月!見て見て! めっちゃ高いで!」 「うるさい。観覧車乗ってんだから当たり前だろ。馬鹿みたいに騒ぐなよ」 閉園三十分前のアナウンスが流れる中、構わず俺と睦月は観覧車に乗り込んでいた。ギリギリで駆け込んだ俺たち二人に受付のお姉さんは少し驚いていたけど、笑顔で「いってらっしゃいませ!」と言ってくれたので有難い。 四人乗りのゴンドラに向かい合って座るが思いの外狭く、ちょっとの振動でもゴンドラが揺れた。 睦月と一緒ということと、久々に乗る観覧車についついはしゃいでしまう。 だって、ゴンドラがゆっくりと上昇し、ぐんぐん空に近付いていく感じがすごく楽しい。けど、あんまり騒ぐと睦月の舌打ちが飛んでくるので大人しく外を眺める。 「めっちゃ綺麗やな……」 「……うん」 観覧車の窓から一望できる景色に息を呑む。 太陽が山に隠れ、茜色から紫色へと変わっていくグラデーションのかかった空は幻想的で。滲む太陽の淡い光が辺り一面を優しく照らしている。 今まで見てきたどんな景色よりも綺麗で、特別なものに感じる。 閉園前ギリギリだったので観覧車しか乗ることができなかったが、この特別な景色を睦月と一緒に見ることが出来て良かった。 「別に忘れてたわけじゃないから」 「へ?」 沈黙の空間、ボソリと呟いた睦月に振り返る。睦月はなんだか居心地の悪そうに視線を彷徨わせていて、夕陽に照らされているせいか頬が赤く染まって見えた。 「お前との記念日、とか色々。ほっ、本当はお前へのプレゼント、全部用意してた、から」 押入れで眠ってるけど。消え失せるような声でごにょごにょ言っていたけど、ゴンドラの中は狭いから全部聞こえた。 「そっかぁ。じゃあ早よ帰って睦月の押入れ掃除せなあかんな」 膝に置かれた睦月の手をきゅっと握る。普段、低体温で冷たい指先をしているくせに、今はじんわりと熱を持っていた。その熱がたまらなく愛おしく感じるのは、少し自意識過剰だろうか。 「……ん。」とぶっきらぼうに答えて俺の手を握り返す睦月だったが、俺の横に置いてあるぬいぐるみに目を止めた。 「ねぇ、円の横にあるのなに?」 「あっ、これ? 穂高がくれた」 「………は?」 柔らかかった空間がひりついたのは嫌でも分かった。慌てて誤解のないように説明する。 「いや、大した意味なんてないで? 今日のお礼に貰っただけやから! しかも、このくまさん俺に似てるとか言うんやでー? 失礼なやっちゃやろ?」 「ってめぇは!!」 「ぎゃ、揺れる! 睦月落ちついて!観覧車中やからな!?」 いきなり立ち上がった睦月にゴンドラが大きく揺れる。 あかん、よく分からんけど睦月怒らせてもたっぽい? とりあえず、立つと危ないので座って欲しい。少々の揺れは何とも思わないけど、大きすぎる揺れは怖い。 「ホイホイ人から物もらって、んな喜んでんじゃねぇよ! 危機感ゼロか!? 最近の小学生でも知らない人から物もらうの躊躇するわ! お前の脳みそは小学生以下か!?」 「穂高は知り合い……」 「だぁってろ!! クソボケ!! つぅか、なんだよ! さっきの!!」 「さっ、さっき?」 「そのぬいぐるみだよ! てめぇ、今なんつった?」 「……くまさん?」 「はぁーーー!!」 ガクンッ、盛大なため息を吐いて荒々しく座った睦月にまたしても大きく振動する。正直、睦月のテンションの振り幅がいつも以上に可笑しくなっている気が。 あれか、睦月も内心観覧車に乗って興奮してんねんな。 でも、観覧車には静かに乗ろうな? 扉に貼ってある注意書きにも観覧車は『揺らさず静かに乗りましょう。』って書いてあるからな。 「お前、まじでしんどい。何だよ、くまさんって。本当に小学生じゃねぇか。ロリじゃん……」 「? よう分からんけど……。あっ、睦月!」 睦月のボヤキが小さすぎて聞き取られ無かったが、ふと外に目を向けて声を上げた。 「なに……」 「頂上やで!」 え、と睦月が顔を上げた瞬間。俺はえいやっ!と くまのぬいぐるみを睦月の唇に押し当てた。 まるでくまのぬいぐるみと睦月がキスをしているような光景。 睦月は一瞬拍子を抜かれていたようだが、すぐさまくまのぬいぐるみを押しのけた。 「っ、なにして」 「か、観覧車の頂上では好きな人とキスするもんなんやろ? せやから……」 「……なんでぬいぐるみなんだよ」 俺がした一連の動作が分からないと言うように、睦月は訝しげに俺を見る。 俺はというと、なんだか恥ずかしくなってぼぼぼ……と顔を赤くして俯く。 「う。それは、睦月嫌がるかと思って」 「はぁ!?」 「わーー! ごめんなさい! 出来心なんです!」 睦月に怒られる! そう思って、ぬいぐるみを盾代わりにして顔を隠す。が、グイッと腕を掴まれると、なんと睦月からキスをされた。 「睦月っ、んっ」 強引なキス、ではなく、真逆の壊れ物に触れるかのような優しいキスだった。 時間にすればほんの数秒なのだろうが、永遠の時みたいに止まって感じた。睦月がゆっくり唇を離す。 目の前には男らしい顔をした睦月が俺を見つめていて、俺の心臓がありえない早さで動いている。 ……え、俺の恋人こんな格好良かったっけ? 「……円さ、遊園地のジンクスって知ってる?」 「へっ!? ジ、ジンクス!? し、知らん!」 「初デートで遊園地に行ったカップルは別れるんだって」 え? と間抜けな声が俺から出た。一瞬では理解できなかったので、睦月が言った台詞をもう一度反復する。そうしたら、顔が真っ青になった。 「俺、そんなつもりじゃ……」 「だろうね。俺も、たかが信憑性もないジンクスを何気にしてんのって話なんだけど、やっぱり気にしちゃうんだよね。どうしても」 「な、なんで……」 「お前と別れたくないからだよ」 間髪入れずに睦月からのストレートな返答。俺から目を逸らさずに真剣に言う睦月の姿に何も言えなくなる。 「……ジンクスでも嫌だった。そんな縁起でもないこと。分かってる、それなら最初からちゃんと言えばいいことぐらい。だから、ごめん。せっかく弁当まで作って誘ってくれたのに台無しにして、ごめん」 睦月からの真摯な言葉にまたもや涙腺が緩まってくる。 「……あかんな。睦月にはさっきからいっぱい謝って貰ってばっかや。睦月の笑顔がみたいから遊園地誘ったのに、これじゃ睦月に嫌な思い出作ってしまう」 「それは違う。今日、ちゃんとデートは出来なかったけど、最後にこの観覧車で見た景色はお前と見ることが出来て良かったって心の底から思うよ。あの…さ、こんなことを言うのほんと柄じゃないけど、なんか特別って感じでーー」 「むつぎぃぃ!! それ、俺も同じこと思っだあああうええんっ!!」 「ちょっ、お前なに泣いて……! てか、ふふっ、泣き顔ブッサイクすぎでしょ」 酷い! けど、めちゃくちゃ嬉しい気持ちが溢れて自分でも整理のつきようがない。 どんどん涙が出るのは、涙を拭ってくれる睦月の手が優しいせいだろうか。それとも、自然な睦月の笑顔が見ることが出来ことか。……俺の泣き顔で笑ったっていうのも癪やけど。ムカつくから、このまま顔を睦月の胸に押し付けてやる。「あーぁ」なんて声漏らすくせに、ぎゅっと抱きしめてくるのだから、イケメンか! とツッコミたくなる。 「ううっ……あのな、睦月、思ってんけどな…」 「ん、なに?」 「俺ら付き合って三年経つのに、初デートも何も関係ないと思うで……」 「………あ」 あ、とちゃうわ! 次の休みの日、駅前に新しく出来たJKに大人気のスイーツ店で名物の「いちごチョコ デラックス パフェ」を一緒に食べに行ってくれへんかったら、数日間口聞かんからな!

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