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16.2nd side 椎名 栄
ぞぞぞっ、と背筋が冷えるような悪寒がし背後を振り返る。人の行き交いの激しい駅構内は人が多いだけで別段特に変わった様子もない。
……気のせい、やんな?
「あの、本当に家まで送らなくて大丈夫なんですか?」
「あぁええよ。それに電車反対方向やろ?」
遊園地からの帰り。売店に用があると言い出た円となぜか穂高くんまで円を追って行ってしまい、先に日吉くんと駅まで一緒に帰っていた。ここから先は帰る方向が真逆なので駅で別れるつもりが、どうやらこの友人は心配症らしく不安気に此方を見ている。
「でも……」
「大丈夫やて。そんな遠くないし一人で帰れるよ」
「違うんです! 僕が」
「おや、奇遇ですね」
やんわりと日吉くんの申し出を断ろうとしたその時、聞き覚えのあるバリトンの声が掛かった。
驚きに振り返ると、そこにはよく知りすぎた顔が。誰かなんて振り返るまでもなく分かっていたが、その人物を視認した途端、勝手に身体が震え出すのが分かった。からからになる喉をなんとか振り絞ってその名前を呼ぶ。
「さ、皐月くん……」
「え、だ、誰ですか?」
日吉くんが不審げに皐月くんを見る。そりゃそうだろう、日吉くんは皐月くんとは初対面なはずだ。
「はじめまして。宝木皐月です。同じ大学なんですが、学部が違うので会ったことはなかったですね」
張り付けられたような笑みを浮かべて挨拶する皐月くんにぞっとする。あぁなるほど、さっきからの寒気はこれやったんか。
「は、はじめまして。日吉元親です。あ、椎名さんとは同じ学部で……?」
日吉くんは僕と皐月くんの関係が気になるのだろう。それが分かったのか皐月くんは「あぁ」と呟いて、僕の肩に手を置いた。軽くポンと触れられただけだ、それだけなのに大袈裟なほどビクついてしまう。
「コレとは家が隣同士で、まぁ所謂幼馴染というものでしてね。」
「コレって言い方……。って、どうしたんですか!? 椎名さん顔色が悪いですよ!?」
「あ、あぁ。別に気にせんといて、大したことじゃ」
「心配です! やっぱり家まで送りますよ!」
僕の言葉を被せるように迫る日吉くん。彼は僕のこと心配しての行動だろうが、今はちょっと。優しさには心染み入るけど、背後におる魔王様が怖すぎる。
バッと日吉くんが僕の手に触れようとした時、強い力で肩を後ろに引かれた。それはもう、脱臼するんじゃないかってぐらいに。
「それなら、私が送ります。日吉さんはお気になさらずに」
「え、で、でも……」
日吉くんの伸ばされた手が宙を掴んでいる。皐月くんは御構い無しに淡々と言葉を吐く。
「家が隣同士なものですから。貴方もそれで良いですよね?」
言外に従えと言ってるのだから、拒否権はない。だって、肩を掴む手がミシミシ鳴っている。こく、と頷くと幾らかその力は弱まった。
「じゃ、じゃあ、また……」
心配気な視線を送る日吉くんに不審がられないように笑みを浮かべて手を振る。日吉くんはまだ何か言いたそうな表情をしていたが、皐月くんが僕の肩を掴んだままさっさっと歩き出したので、その場でお別れとなってしまった。
無言で歩く皐月くんの得も言われぬ威圧感に人々が逆に避けているような気がする。さくさくと歩く皐月くんの横をついていきながら、胃がキリキリと痛んだ。日吉くんの姿が完全に見えなくなったところで、肩に置かれた手に再びグッと力を込められた。痛みに顔を引きつらせて、皐月くんの顔を覗き込む。見るんじゃなかったと早々に後悔した。
「……分かってますよね?」
「あ、う……違う、違うねんって」
違うと口にするが、その後の言葉が出てこない。蛇に睨まれた蛙、まさにその状態で、誤解を解かねばならないのに圧倒的な恐怖を前に上手く脳が回ってくれない。
絶対零度の冷たい視線が僕に注がれる。この場で失禁しないだけマシだと誰か僕を褒めて、それで助けて欲しい。
「覚悟しなさい」
僕の切実な願いは虚しく、丁度に来た電車が地獄へ向かう鉄の箱に思えて仕方なかった。
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