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「と、いうことあってんけどさ」
「キッッツ」
恋人の愚痴、しかも幼馴染で同性の、を聞いて受け止めることが出来るのは、この世で唯一同じ境遇である弟の円だけだろう。と言っても、身内の閨事情なんて聞きたく無いのが本音。僕だって、円と睦月くんのむにゃむにゃの話なんて聞きたくないし知りたくない。でもさ、溜め込むのって身体に悪いやん? この愚痴を誰にも吐き出せず溜め込んでたら、僕は早々に鬱に罹って死んでたね。死因はもちろん、恋人のDV。はは、笑えない。
「なんか、睦月とは違うベクトルで皐月さんはやばいよな」
「まだ睦月くんは可愛げがあるわ。それに、お前ら上手くいったっぽいし」
「え?!」
円があからさまに狼狽える。誤魔化そうとしているみたいだが無意味だ。具体的に何があったかは分からないが、今の円は僕と違って悲壮感は無い。むしろ、ポヤポヤ〜と幸せオーラが出ている。それはそれはムカつくぐらいに。なぁ、円。お前は僕と同じ立ち位置じゃなかったん?
「そ、そんなことナイヨー。俺も大変だったヨー」
「なんやその片言。腹立つわー」
「いや、でも、本当。大変は大変やったよ。ちょっとだけ進展した? ぐらいやし。今日だっていつも通りの辛辣な睦月やったもん」
「ふうん」
進展した、か。僕と皐月くんはいつまで同じところで足踏みすればいいのか。二人とも年だけ食って全く大人になりきれないのだ。自分より年下の二人を見ていいなぁ、って思ってしまうあたりがもう駄目なのだろう。
「今日の睦月くん、お前より先に待ってたな。進展しすぎちゃう?」
「あ、あれはーー」
「はーぁ。若いっていーなぁ。甘酸っぱいわぁ」
「年寄りくさ。ってか、栄かてまだ若いやろ」
「人生、二十歳超えたらあっという間なんですぅ」
「なんやねんそれ」
そう、二十歳超えたらあっという間。ただの幼馴染の関係がいつのまにか乳繰り合うような関係になって、世間一般で言う恋人関係になったのは。でも、正式にお付き合いするようになったのはつい最近で一年も経っていない。意外にも最近のことである。セックスは円と同じ歳くらいのときからしていたのに。まぁ、爛れた関係だったと思うしその名残は現在も受け継いでいる。「円さんと睦月、付き合ってるそうですよ。二年前ぐらいから」「まじか。そんなにか。じゃあ、僕らも付き合う?」軽はずみで言った言葉。無表情な彼の瞳が僅かに見開かれて、そしてあれは、確かな憎しみが込められていた。憎しみ、あるいは殺意。とにかく負の、マイナスな感情だ。お前なにほざいちゃってんの? 殺されたいの? と言わんばかりの圧で、僕は自分が失言してしまったことを瞬時に理解した。理解してすぐさま撤回しようとした。が、僕が今の無しと言うよりあいつは早く、「いいですよ」と了承した。そんな目をしといて何がいいのか、伺うより早く押し倒された。それからなし崩し。幼馴染という枠を飛び越えて(セックスしてる時点で幼馴染の枠は越えていたかもしれない)恋人関係になった僕と皐月くん。付き合い出した経緯はこんな感じ。情緒もムードもあったもんじゃない。自分から思い出しといてあれだが、げんなりした。今すぐにでもやり直しを求めたい。
「あのさ、栄は皐月さんのどこが好きなん?」
「どこが好きぃ?」
聞かれてわざとらしく嫌そうに答えるが、皐月くんの好きなところはすぐ浮かんでくる。早押しクイズ並に答えられるね。え、あんなに酷く扱われてんのにって? いや、向こうがどうか知らんけど、僕はずっと前から、それこそ皐月くんと身体を重ねるより前から皐月くんのことが好きだった。だから、皐月くんが僕に手を出してくれて、よっしゃラッキー!! と心ん中で小躍りしたし、付き合うとなってからは毎日ハッピー。でも、それを口にするほど僕の性格は素直に出来ていなかった。ていうか、僕がこんなこと言えば皐月くんに「キモい」と一刀両断されるに違いない。
「強いて挙げるなら、円が睦月くん好きな理由と同じかなぁ」
「え、俺と?」
「うん。顔とセックスが上手いところ」
「はーー」
円の顔が赤く染まる。おーおー、普段あんだけ彼氏に鳴されてんのに純なことで。
「俺はそんな不純な理由だけで睦月を好きちゃうわーー!」
おっきな声出すなや。母さんに聞かれたらどうすんねん。
でもそうやって素直に口に出せる円が羨ましいと感じる。僕は多分、言えないし伝わらない。だって皐月くんが僕に対して持っている感情は、好きだとか愛しているとかの次元ではなく、ただの度が過ぎた“依存”であるから。
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