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耳に入ってくるのは、授業の中身より自慢話の内容が多い教授の眠たくなる声と、生徒がノートを取る音。教授が若かりし頃に三徹して仕上げた論文が賞を取ったという話にノート取る必要なんてある? 僕はすでにペンを放り投げていて、頬杖をついて何度目かの欠伸を噛み殺した。全くつまらん、と思いながら授業開始からある斜め後ろからの視線に気付かないふりをする。
「今回の内容はここまでにしようか。次回までに予習と復習をしてくるように」
教授の一言に、さきほどまでの静けさは何処へやら。一気に解放ムードに包まれて、眠気と空腹に耐えた生徒たちがぞろぞろと教室を出て行く。僕も、と教科書とノートを纏めていたら、机に影が映った。
「あの、椎名さん」
顔を上げると、眉根を下げた日吉くんが立っていて控え目に僕に話し掛けてきた。昨日みたいに視線を送ってくるだけなら今日一日も気付かないふりで済んだのに、話し掛けられたら無視するわけにもいかない。僕と日吉くんは喧嘩しているのではないから。でも、日吉くんも変わってると思う。普通、友人がホモって発覚して、さらに最中の声を聞かせられたりなんてしたら、中指立てて絶交するけどね。絶対関わりたくない。
「何か用?」
別に冷たく言ってるわけではない。ただ、僕としてもどうして対応したら良いのか分からないのだ。そりゃ、日吉くんがあの事を全て忘れていて、いつもと変わらずランチの誘いだったなら「お腹すいたな、何食べる?」と肩でも抱いて連れ立っていたかもしれない。嘘、僕はそこまでフレンドリーな人種じゃなかった。でも、いくらフレンドリーでも今の日吉くんは、追い詰められてるような、つまりバリバリあの事を引きずっている顔をしていて、手に負えない。もう面倒だから絶交でいいよ、そう言ったら日吉くんも僕も楽になれるだろうか。せめて別の学部だったら、と今更たらればの話をしたところで過去は巻き戻せない。要するに腹をくくるしかないのだ。
「その、話があるんですが」
「それは仲睦まじく昼食取りながら話せる内容やろうか」
「……どうでしょう。人の感性によりますが、そういえば僕はここ数日、水以外口にしてません」
最後食べたのってまさか円の弁当ちゃうやろうな。真面目な顔をしてさらっととんでもないことを言う日吉くんにちょっと引いた。いや、僕が引けるような立場ではないけど。さすがに僕のことが原因で死なれたら夢見が悪過ぎるので、一万歩ぐらい譲歩することにした。
「君がちゃんと食べてくれるんやったらついていってもいいよ」
少しだけ日吉くんの表情に明るさが取り戻された。日吉くんはホッと安心したように息をついて良かったと呟く。こんなクソホモ野郎に気を使うあたり、日吉くんは人が良すぎるというかなんというか。別に日吉くんは僕しか友人がいないということはない。整った外見はさることながら、柔和で人当たりの良い性格。彼とランチを共にしたいという女性は後を絶たないというのに、なぜか僕と一緒に居たがるのだ。
皐月くんの警告。あれはあれで的を得ているかもしれない。もしかすると日吉くんは僕に好意を持っているのかも。親愛でも友愛じゃなくて、それははっきりとした恋愛感情。はぁ、僕も人に言われて気付くなんて円を馬鹿に出来ない鈍さだ。恋愛初心者か? と自分にツッコミたくなる。でも、今まで意識したことが無かったというのは、言い方は悪いが、日吉くんに一ミリも性を感じなかったからだろう。しかしそれでも、皐月くんに言われてからか変に意識してしまうのは道理で。気まずいなぁ、と頬をかきながら日吉くんとカフェに向かった。
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