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大学敷地内にあるカフェテラス。食堂より落ち着いた雰囲気があるが、それでも昼時というだけあって人はそこそこいる。僕と日吉くんは二人掛けのテーブルに向かいあって座り、僕はミートスパを日吉くんはカレーを無言で食していた。ゆっくりながらも最後の一口を日吉くんに飲み込まれていくのを見届けて、僕はこの重い沈黙をようやくうち破いた。 「話って日吉くんは言うけど、それは聞いたところで、ある意味面白くはあるかもしれんけど、気持ちの良い話ではないと思うよ」 「……僕もそう思います。それと、全く面白くありません」 力なくそう言った彼はスプーンを皿に置いた 。カチン、と鳴った音が妙に物悲しく聞こえる。側から見れば、僕が日吉くんをいじめているみたいな光景だろう。ああ、気まずいったらありゃしない。 「一応謝っておくな。その、いらんもん聞かせてもたな」 慰謝料請求されても文句の言えない案件だと思う。その場合、もちろん請求先は皐月くんに。僕は悪くないけど、今思えばあの時、どうしてスマホを壊さなかったのかが悔やまれる。スマホを壊さなかったばかりに、僕と日吉くんの友人関係が壊れてしまったではないか。スマホは修理に出せば直るけれど、絆というのは容易に直せないのだから。 日吉くんは、テーブルに置かれた手を固く握り締めた。 「否定は、してくれないんですね」 暗く、悲痛な声で言う日吉くんの言葉に、「え?」と返した。日吉くんの肩が僅かに震えている。 「信じ難いんです。あれが貴方の声だなんて」 うん、違うよ。そう言えば、日吉くんは信じてくれるのか。……違うやろ、それは。 「すまんなぁ」 僕は笑みを浮かべた。人から胡散臭いと酷評の笑顔。僕は目が細くてきつね顔なので、どうしても笑うと嘘くさく見えるのだろう。皐月くんにはへらへらするなと叱られることもある。失礼な。 「僕は君が望んでいるような言葉を掛けてあげることは出来んみたいやわ」 「椎名、さん……」 思い詰めやすい友人の心の安寧のためにはどうにかしてでも嘘をつくべきなのだろう。でも、それのために僕と皐月くんの関係を否定することは僕には出来ない。友人百人より恋人一人の方が大事って言ったら、まるで恋愛至上主義のスイーツ女みたいな考えだが、実際人ってそんなもんだろ。 本音を言うなら僕は少し苛立っている。僕に否定を求めた日吉くんに対して、だ。 「話はもう充分やろ。どうしたって前までの関係には戻られへんと思うし、君も無理して付き合う必要ない。それでお終いにしてくれへんか」 「ま、待ってください、そんな……」 「この人、意外にキツい性格しているでしょう」 後ろから掛かった声。そして、半分ほど残っていたアイスコーヒーがテーブルから姿を消した。 「皐月くん……」 もう慣れた。背後から現れるのが彼のブームなんらしい。そんな皐月くんはずぞぞぞっと音を立てて平然とアイスコーヒーを飲み干してる。それ、僕のなんやけど。 「あなた、は……」 「どうも。コレの“恋人”の宝木皐月です」 恋人部分を強調したいなら、せめてコレ呼びは改めるべきやで。 「お話、といっても大した話じゃなかったようですが。終わったなら返して貰っても?」 「いえ! まだ話の途中で……」 「日吉さん。この間、電話で申し上げた内容、もうお忘れですか?」 皐月くんは若干荒々しくグラスをテーブルに置いた。皐月くんの口調はいつもと変わらず丁寧だが冷たさを含んでいた。 「信じられないと言うなら、ご自身で見てみますか?」 「え、わっ……!?」 腕を掴まれ強制的に立ち上がらせると、問答無用で服を捲られた。日吉くんの目が開かれたのは、なにも皐月くんの奇行だけのせいじゃない。 「ちょっ……」 「貴方の白い肌には映えますね」 晒された腹には、無数に残る赤い痕と噛み跡が生々しい。なんて言う羞恥プレイ。日吉くんの視線がそこに釘付けで、顔から火が出そう。なんのために僕が夏でもタートルネックとカーディガンか分かってんのか。もういいやろ、と腕を払おうとしたら、皐月くんの指が痕に触れる。痕と痕を繋げてなぞる動きに、つい鼻から抜けるようなくぐもった声が漏れてしまう。しまったと口を塞いでも遅く、ごくりと喉を鳴らした日吉くんと目が合う。目は口ほどに物を言うとことわざがあるが、彼のその目は確かに情欲に塗れていた。 「ッチ」 「あだっ」 舌打ちするのと、頭を叩かれるのは同時だった。お前がしたことだろ、理不尽! と抗議しても本人は何食わぬ顔だ。ムカつく。 「行きますよ」 「あ、もう……! 力強いって!」 ギリギリと腕を掴む手は骨が軋むんじゃないかってくらいに痛いが、それよりも引っ張っていってくれてありがたかった。僕に向けられた日吉くんの目、それが少しだけ嫌な記憶を蘇らせて足が震えたから。僕は日吉くんに振り返らず、皐月くんの背中を追う。食べ終えた食器はちゃんと返した。

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