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かつて、僕のことを好きだといった人は大概に頭のおかしい人ばかりだった。小学生だった僕の体操服にイタズラをするペドフェリアのクソホモ淫行教師はじめ、中学生のとき友達だと思っていた男子生徒から告白され断ったら、次の日精子の入ったコンドームを机の中に仕込まれていて学級問題になった。その冷たい目で踏んでくれと縋り付いてくる男もいれば、付き合ってくれなきゃ死ぬ! とカッターナイフを持って喚き出す女もいた。何がそこまでのメンツを引き寄せる原因なのだろうか。まぁ自分でいうのはアレだが、見た目はいい方だ。だからといって、女みたいになよっとしているわけではない。雰囲気がどうのって言われたことがあるが、それはあまりにも漠然としすぎやしないか。一時頭を悩ませたが、変態の対処法はこれといって特に無い。だから僕は無視をすることにした。自分に降りかかる厄災を全て。しかし、この方法は意外にも功を奏し、変態に言い寄られる数はぐんと減り幾分かマシになった。好きの反対は無関心。その言葉の真髄を大きく実感した。無関心は人を殺す。しかしーー 「君も大概へこたれんなぁ。その熱量、卒論に活かしたら?」 「……僕はもう完成しているので」 「あ、そう」 ちょっと嫌味の含んだ物言いにも少し嬉しそうに答えたのは日吉くん。僕は資料に目を写して、気付かれないようため息を吐いた。 4回生ともなると、必要な単位はほぼ取れてしまい授業自体が少ない。僕の場合、今日は授業のない日だったが、卒論終わってない組なので大学の図書館でレポート作成中である。しかし、ばったり偶然。日吉くんに出会ってしまった。というか、そもそも付けられているのかもしれない。大学来る度、どこかしら視線を感じ、隙あらば声を掛けてこようとするのだから。学部の同じ授業ならまだしも、授業が被らない日まで。自然な感じでスルーしても、はたまた、日吉くんが隣に座ろうとしてあからさまに席を変えたとしても。数週間無視し続けていたわけだが、鋼の精神で僕に付き纏う日吉くんにこちらが折れた。僕としてもこんな気の良い(少々、執着ぎみだが)日吉くんをこれ以上傷付けるのは、良心が痛むのだ。それと、いつまでも横に立ったままでいられるのも困るので、隣に座るように促す。 「それで」 なんか用あるからいつも僕の周りうろついてんねんやろ、と言えば、椎名くんの頬に朱が走る。それから長い睫毛を悲しそうに伏せた。 「……すみませんでした」 「……なんで君が謝るん。被害被ったんは君やろ」 「いえ。僕は貴方に失礼なことを言ってしまいましたから」 ドキ、と胸が波打つ。僕が何も言えず無言でいると、もう一度日吉くんは謝った。まるで親に叱られた子供のような響きを含んでいる。 「貴方と宝木さんとの関係。僕が否定するような言葉を吐いてしまったばかりに、貴方に愛想をつかされてしまった。当然だと思います。他人である僕が貴方達二人の関係に口を挟むのはお門違いだ。ーーでも分かってほしいのは、断じてそれは軽蔑の意味とかではありません。僕が、僕自身が、どうしても……受け止めたくなかったんです」 弱々しく切なさを孕んだ声、日吉くんの頬に大粒の雫が伝う。涙に濡れたヘーゼルの瞳がキラキラと輝いて、僕の胸にまっすぐと向かった。 息が、詰まる、そんな一瞬。 「だって、僕はーー」 ーーガタン! 遮るように大きな音を立てて席を立つ。日吉くんが驚いたように見上げていたが、僕は気にしていられなかった。危ない、と感じた。僕は今、少なからず僕のために涙を流す日吉くんに心を動かされそうになった。そしてこうも思った。彼なら、皐月くんならきっと僕のために涙を流すことなんてない。 日吉くんは僕とだけ向き合って、心の柔らかい部分を明らかにしようとしてくれているのに、僕は日吉くんといるのにも関わらずこうして皐月くんのことを考えている。日吉くんの、清廉さ、純真さ、潔白さが眩しい。それ故に、その続きを聞くことは憚れるような気がして。 「日吉くん、時間ある?」 僕は誤魔化した。

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