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act.5

 お互いの部屋から、お互いの家が丸見え。  洗濯物も、宅急便も。  だから、そういうものなら見慣れていたけれど。 「…………ふぅん……」  ああいうのは、初めて見るから。  だから、こんなに胸がざわざわするんだ。  *****  学生にとって嬉しくないものを3つ挙げるとしたら、宿題とテストと通知表だろう。  微妙な成績の並んだ通知表を、適当に鞄の中に放り込む。 「いいかー。学校に置いといていいのは体育館シューズだけやからな。教科書とかはちゃんと持って帰れよ。置いて帰ったら焼却処分するからなー」  教師の声に方々から非難の声が挙がるけれど、その言葉はさらりと無視されて 「じゃあ、また2学期にな。----解散」  あっさりしたシメの言葉に、教室が色めきだった。  これでとりあえず1ヶ月半は自由の身である。  うきうきとわくわくが混ざる胸の中に、宿題なんて言葉は奥の方にしまい込まれている。 「じゃあヒロ。また遊ぼうな!」 「絶対やで」 「ん。部活頑張れよ」 「おぅ、ありがとうな」  手を振って見送られて、軽い足取りで教室を出れば 「明」 「ゆうと。待った?」 「いや?」 「んじゃ帰ろっか」  廊下で待っていた結人と玄関に向かった。 「なぁなぁ、夏休みどうする!?」 「うーん……どうしよっか」  うきうきした口調に苦笑しながら、自分自身もどうしようもなく楽しみにしていることには間違いなくて。 「海はぁ、もちろん行ってぇ……。でー……あ、そうか。生物のレポートで水族館。……それからー……」  嬉しそうに指折り数えるのを横目で見ながら、想いを伝えた時よりも心臓をバクバクさせながら口を開いた。 「あのさ、明」 「ん? 何? どっか行きたい?」 「……2人で、さ……その……旅行、行かない?」 「旅行?」  キョトン、と首を傾げるのに、そう、と頷く。 「どこでもいいんだ。……神戸でも、姫路でも……淡路でも、大阪でも、京都でも。……2人、だけ、で……1泊旅行」 「……」 「……ダメ、かな……」  黙り込む明を、ちらり、と覗き込めば、悩んでいるのか眉を寄せていて。  ゴメン、やっぱ冗談。忘れて良いよ。  そう言おうとしたのを、顔を上げた明が遮った。 「京都がいい」 「…………場所で悩んでたのね」 「ん? 何か言った?」  嬉しそうに聞いてくるのに、いや、と首を横に振って笑う。 「じゃ、京都に1泊。OK?」 「おぅ」  さっきまで数えていた夏休みプランに、京都を付け足して嬉しそうに笑う明を見ながら、嬉しいような淋しいような複雑な気分でこっそり溜息を吐く。 「なぁ、ゆーと」 「んー?」 「水族館いつ行く?」 「……あぁ、そっか……いつにしよう……」  溜息には気付かなかったらしい明の問いかけにホッとしつつ、夏休みの計画を立てるのだった。  ***** 「……荷造りは進んでる?」 「一応」 「…………本当に、お隣りに知らせなくて良いの?」 「…………うん」  心配そうな声に、静かにキッパリと頷けば、そう、と溜息混じりに呟いた母親が、そっと口を開いた。 「……ホントに……ごめんね?」 「……いーよ。…………それより。夏休みの終わりに……明と旅行行くから」 「ぇ……?」 「……出発までには戻るから」 「でも……」 「……このくらいの我が侭は、聞いてよ……」 「……」 「……ゴメン」  すまなそうな顔で口を噤む母親に小さく呟いて立ち上がる。 「…………お金は……」 「……何?」 「足りるの?」 「……平気」 「そう……」  ありがと、と笑い返してから自分の部屋へ。  明が突然来ても大丈夫なように、まとめた荷物は押入に入れてある。パッと見では、荷造りをしているとはバレないだろう。  どさり、とベットに倒れ込んで、枕に顔を埋める。  明に対しての後ろめたさは確かにあるけれど、残り少なくなってきた日にちを、2人で指折り数えて気まずくなるなんて、淋しいことはしたくなくて。  どうしても最後まで、いつもと同じように笑う明を見ていたくて。  自分の我が侭に小さく嗤ってから唇を噛んだ。 「…………あきら……」  そういえばアイツの通知表を見るのを忘れていたと、不意に思い出して自分の部屋の窓を開け、アイツの部屋を覗き込む。 「……なんだ。いないのか」  目的の姿がないことに落胆してから、ふと目をやったアイツの家の玄関前に。  見慣れない女の姿と、アイツを見つける。 「…………ふぅん……」  今日から----正確には明日から夏休み。告白するのは大型連休の前と相場は決まっている。 「……へぇ……」  乱暴に窓を閉めて、苛々とベットに倒れ込む。 「……なんだよアイツ……」  ぶつぶつと文句を呟いて、ざわつく胸の辺りに手をやってから首を傾げた。  自分は何故こんなにも苛々しているのだろう。 「………………なんだ?」  答えの出ない疑問に、募る苛立ち。  唇を噛んで、落ち着けと言い聞かせながらも、ざわめきは収まる気配もなく 「なんでオレが……」  こんなに苛々するんだろうと、腕で顔を覆った時だった。  こつり、と窓に何かが当たって、そっと体を起こす。 「明?」  くぐもって聞こえる声に、胸が痛くなったような気がしたけれど。  立ち上がって窓に歩み寄って、静かに細く窓を開ける。 「どーしたんだよ?」 「何が?」 「……寝てたから。心配するじゃん」 「別に」  素っ気なく返しながら、アイツの顔をマジマジ見つめ返すことが出来なくて。 「…………何怒ってんの?」 「別に怒ってない」 「怒ってんじゃん」 「怒ってないって言ってる!」 「……明?」  思わず怒鳴り返してから、ハッとして口を噤む。俯いていても、アイツが驚いているのが分かって。  やるせなさに首を振ってから背を向けた。 「明」 「……何でもないよ、ホントに」 「……嘘」 「嘘じゃな」 「何年一緒だと思ってんの?」  嘘を許さない強さと、労るような優しさに。 「----っ」 「あきら……?」  涙が溢れるのは、どうしてだろう。 「っ……ふ……」 「明!? 何泣いて」 「放っとけ」 「ちょっ、明っ!?」  何か話そうとするのを遮って、窓を閉めてからカーテンを引く。  まだ何か言っていたけれど、無視してベットに倒れ込んだ。  何泣いてんだよ格好悪い。しっかりしろよ。  そんな風に思ってみても、涙は止まらなくて。 「ズルイ……」  そう、ズルイ。アイツはズルイ。  なんでオレがあんな風に理不尽に怒ったのに、アイツはあんな風に優しい声を出すんだろう。 「ズルイ……」 「オレが?」 「----っ!?」  唐突な声に起きあがれば、勝手に部屋に入ってきたアイツが、肩で息をしながらキョトンとしていた。 「な、に……勝手に……っ」 「泣いてるから」 「泣いてないっ」 「嘘吐け。じゃあなんでホッペタ濡れてんの」 「違う」 「明? どうしたんだよ?」  苦笑しながら近付いてくるのに、枕を投げつける。 「ちょっ……明?」 「放っとけよ」 「放っとけない」 「なんでだよ」 「幼馴染みだろ?」 「っ」 「それに」 「……それに?」 「…………オレはやっぱり……好き、だから」 「……ゆうと……」  痛そうな顔と、苦そうな声だと思った。  ----だけど。  あの時チラリと見えた、決死の覚悟をした女の子の顔が浮かんで。 「なんで?」 「何?」 「……あの子……は?」 「あの子?」 「…………お前を、好きな子は……いっぱいいるだろ?」  涙が、出た。  堪えきれなくて、涙が出た。  哀しくて、痛くて、悔しいくらい、切なくて。----切なくて? 「明……?」 「なんで? なんでオレ……っ」 「明?」 「オレっ……だって、オレはぁ……。ヤダよ、オレ」 「何が?」  嫌なんだ。  そういう好きは要らないって言ったけど。  オレの知らない子と、そういう好きになられるのは、嫌なんだ。  今頃気付いたんだよオレは。  バカだね。あんな事言ったのに。  あんな事言って、きっと凄い傷つけたのに。  好きみたいだよ、今更。 「オレっ……オレ……っ……」 「…………明」  その、オレを呼ぶ声も。  戸惑ったみたいな顔も。  優しい笑顔も。  好きみたい。 「なんで? お前のこと好きな子はっ……いっぱいいて! ……みんなっ……ホントに……お前のことが好きで……っ!」 「明」  優しい声と一緒に、優しい温もりに抱き締められた。 「何回でも言うけど。……オレは明が好きだよ」 「ゆうと?」 「好きだよ」 「ゆう、と……」 「好きだよ、明」 「ゆ、う……と……」  ゆっくりと、手を伸ばした。  躊躇いはあったけど。  この温もりを、手放したく、なかった。 「ゆうと……」 「明?」 「………………好き」 「あきら……」 「…………ごめん。……でも……好きだよ」 「……ホント?」  驚く声に、どうしようもなくて首を振った。 「ごめん」 「なんで謝んの?」 「だってオレ……オレ、こないだ……」 「いーよ」  優しい声に遮られて、背に回した手の平でシャツを握りしめる。 「なんで?」 「だってオレ、好きだもん。……オレだって、思ったから。……こういう好き、欲しいけど……今の好きも……手放したくなかったから。……でも……どうしても……言いたかったんだ。好きって」 「なんで?」 「今の明と一緒だよ」  優しい、でも、弾んだ声。 「明が他の子と仲良くするトコ見るくらいなら……自分の気持ち伝えて、玉砕した方がマシ」  強く強く抱き締められて、ようやく肩に顔を埋めた。 「好きだよ」 「うん」 「大好き」 「……うん」  泣き笑いを浮かべて顔を上げて 「大好き」  そう囁いて、電光石火のキスを贈った。

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