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act.6

 今まで一緒に過ごした時間の中で、たぶん、一番君に近かった夏。  このまま時が止まってしまえばいい。  そしたらオレは、いつまでも君の傍にいることが出来るのに。  どれだけ願っても、太陽は昇ったし、月も出た。  ***** 「……もう夏休みも終わりかぁ……」 「……」 「……ゆーと、聞いてんの?」 「へ? ごめん、何?」 「……夏休みも終わりだって言ったの」 「あぁ、……そだね。もう後一週間だしね」 「あっという間だったなぁ……」  つぶやいて、ばったりと仰向けに倒れるのを笑う。 「宿題。しなくていーの?」 「……なんだよぉ。一人だけイイ子ぶんなよぉ」 「そうじゃなきゃ一生終わんないでしょ。……ほとんど終わってないんだもん、明」 「……。……ここんとこ歌いにも行けてないしー」 「我が侭言わない。明が行ってないってことはオレだって行ってないんだから」 「……」  むっつり黙り込むのに小さく笑う。 「もう、ほら。ちゃんと手伝ってあげてるんだから、しゃんとしなさい」  ペンペン頭を叩いてやれば、ブツブツ文句を言いながらも起きあがって、問題集に取りかかる。 「……めんどくさー」 「みんなやってんの」 「……宿題終わるまでが夏休みならいーのに」 「……無茶苦茶言わないの」  苦笑しながら、胸の奥が暴れ出すのが分かる。  宿題が終わるまで夏休みならどんなにいいだろう。それなら一生、終わらせないのに。 「……旅行行ってまで問題集やりたくないでしょ」  てきぱきやるよ。  笑ってみせれば、明は大袈裟に溜息を吐いた。 「……国語じゃなくて沢井語なら自信あるんだけどな」 「…………それ、明以外分かる人ほとんどいないから」 「……」  国語の問題集を前に真面目な顔して呟くのに苦笑した。 「おわっ……たぁ……」  ばたん、と大袈裟に後ろに倒れる明に、よく出来ました、と笑う。 「何笑ってんの?」 「いや、別に?」 「……なんかムカつくなー」 「ま、いーじゃん。終わったんだからさ」 「ん。これで旅行も心おきなく行けるし」 「……だなー」  一瞬だけ跳ねた胸の奥を、宥めるように笑って見せながら、もうお馴染みになった自己嫌悪を頭の隅に追いやる。 「でも、凄くない? 5日で出来た」 「……オレも手伝って、でしょ」 「…………勝手に手伝ったんじゃん」 「……そう言うこというのは……この口かー」 「いだだだだ」  こんにゃろ、と笑いながら口の端を掴んで、びろーんと引っ張る。  いたいいたい、と笑う顔に、感謝してるの? と聞けば、してるしてる、と笑われて。  手を放してから、ぽんぽん、と頭を撫でてやる。 「ま、なんにしても、よく頑張りました」 「ん。オレ頑張った。やれば出来る子だからね」 「自分で言うなって」  ふはっ、と笑い合ってから。  時計に目をやったのは、たぶん同時。 「…………じゃ、行きますか?」 「……行っちゃいますか?」  堪えきれないワクワクを顔に浮かべる明に、ズキズキ痛い胸を隠して笑い返す。 「夏休み最後のスペシャルライブって感じだよね、言うならね」 「そゆこと」  ギター片手に家を飛び出す。  夏の暑さの名残さえ、今は愉しくて。  笑いっぱなしの胸の奥は、悲鳴を上げ続けていた。  もっともっと、君と一緒に。  窓を開けると、すぐそこに君へと繋がる窓がある。  月の下で、取り留めのない会話を交わしたことも、今までに何度もあった。  時にはぽつりぽつり話すだけで、ただ時間を共に過ごすだけのこともあった。  言葉を交わすことのない穏やかな時間を共有することで、話をするよりももっとたくさんのことをお互いに知ったような気がする。  最後の段ボールに封をして押入に押し込んでから、閉じていたカーテンを開いた。  君の部屋の灯りは、まだ消えていない。  ゆっくりと窓を開けると、不意にがらりと君の部屋の窓が開いて。  上げた視線は、君のそれとしっかり絡んで。  吹き出しのは、二人同時。 「なんだよー」 「それこっちのセリフだよ。急に窓開けんだもん」  どしたの? なんて笑えば、んー、と笑いを引っ込めた君が。  伏せていた瞳をしっかりと上げて。 「ゆーとが、……呼んでるような気がしたから」 「……」 「当たった?」  さっきまでとは色を変えた瞳が、からかうように聞いてくるのに、ようやく乾いた笑いを浮かべて見せた。 「どうかな」 「どっちだよ」 「ご想像にお任せシマス」 「じゃ、呼ばれたことにしとく」  ふふっ、と楽しそうに笑う君に。何かを言い返すことは出来なかったけれど。  無性に、抱き締めたくなった。  抱き締めて、思いつく限りの場所にキスしたいと思った。でもだからってそれは、ヤラシー意味じゃない。  ただ、狂おしいほどに愛しくて、  泣きたくなるほど哀しくて、  叫びだしたいほど痛くて、  切なくて、悔しくて。  どうしようもなかったから。  抱き締めたら、このキモチも少しくらい和らぎそうな気がしたから。  だけど、この手を伸ばしても、君には届かない。  そう気付いたら、今度は淋しくなった。 「……明……」 「ん?」 「好きだよ」 「……どしたの?」 「好き」 「……ゆーと?」  喘ぐみたいに呟いてから、泣きそうになって焦った。  この距離でさえもどかしいのに。  もうすぐ、顔も見られないほどに、遠く離れることになるんだ。 「好きだよ」 「…………ゆうと……」 「……好き」 「…………」  戸惑ったような表情の君から目を逸らして、好きを繰り返していれば 「……」  小さく小さく。  風に乗って聞き慣れたメロディーが届いてくる。 「あきら……?」  ゆっくり顔を上げた呼んだ名前に、君が優しく微笑ってくれた。  二人で作り上げた曲を、穏やかで優しい、子守歌みたいなアレンジにして歌う君を。  やっぱり、心の底から。  何よりも、誰よりも好きだと----愛しいと思った。

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