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act.12
思い出さなかった記憶が蘇った途端に。
世界がキラキラして見えた。
隣りにアイツがいるって、想った途端に。
胸の中が温かくなった。
全部許せる訳じゃないけど。
全部憎める訳じゃない。
だってオレは、結局----
*****
泣きやんだ後で明は、真っ赤になって腫れた目を、隠すように俯きながらポツリポツリ話し始めた。
オレが居なかった、3年間のことを。
「オレね、結人。……この3年間、結人のことなんて、ほとんど思い出さなかった」
「……ぇ?」
「……なんて言うのかな……。……結人は、結人じゃなかった」
「……」
意味解んないよな、と呟いた明は、だからぁ、と。
オレが好きだった話し方で、考え考え口を開いた。
「結人は、ただ単に、知り合い。そうやって思ってたんだ。今考えると、自分でもオカシイなって思うんだけど。……幼馴染みの結人じゃ、なかった」
腕の中にいる明の髪を梳きながら、それで、と続きを促す。
「……結人が……独りで行っちゃった朝……。……オレ、決めたんだ」
「何を?」
「もう絶対、結人のことなんか思い出してやるもんかって」
「……」
強い声だった。
哀しそうな目だった。
「……だけどみんなに、藤崎転校したって本当かって。もうウザイぐらい聞かれて。……初めは誰のことか解んなかったんだけど、朔弥くんに聞かれて、思い出した。あぁ、そっか結人だって。……でも、その時も。思い出せたのは、結人がいたってことだけ。……オレの幼馴染みだとか、そういうのは、全然。……たぶん、思い出したく、なかったんだと思う」
「ごめんな」
そう囁いたら、ゆっくりと、明が首を横に振った。
「解ってた。結人が悪いんじゃないって、ホントはちゃんと、解ってたんだ。……だってあの頃、考えてみると結人、変だったもんね? 時々ふっ、て。淋しそうな目したりしてた。……ホントは、結人も辛かったんだろうなって、解ってるよ。……だけど、あの時はもう、全然そんなこと考えられなかった」
そんな余裕、なかった。
付け足した後で、明がそっと溜め息を吐く。
「……好きだったことも、好きだって言われたことも。……全部忘れたら、辛くなくなると思ったんだ。……痛くなることも、しんどくなることも……泣くことも、なくなると思った。……だから、忘れたんだ」
「あきら……」
「弱っちぃなぁ。オレ」
小さく笑う明は、でも、と付け足した。
「でもさぁ、結人」
「うん」
「…………あの時、ずっと思ってた。……悪いのは、オレじゃなくてお前でしょって」
「っ……」
ぎゅっ、と。シャツを掴む手が震えてる。
「……忘れてる間中、結人のこと、考えてた。……結人のことっていうか、知らない誰かのこと」
「知らない誰か?」
「……ずーっと。オレの名前呼んでてくれる人がいたんだ。オレがハモる歌に、メインで歌ってくれたり。……顔も見えない、声しか聞こえない。ジリジリしたよ、凄く。……誰だよお前、って思ってた」
そっと息を吐き出した明が。
ようやく。
こっちを向いてくれる。
「……だけど、今さっき、解った。……あれ、結人だったんだ。……オレが無理矢理忘れようとしてたから、顔が見えなかったけど……。でも、結人のこと、ホントはずっと、傍に感じてたんだ」
「あきら……」
そぉっと。
指先で顔に触れてくる。
「……ずっと……こうやって……結人に触れたかった……」
ぽろり、と。
止まっていたはずの涙が明の目から零れるのに気付いて、ごめんと、謝りながら指を取る。
「……ごめんな……」
呟きに、自分の目からも涙が零れたのは驚いたけど。
明の泣き笑いに、救われた。
「な、に結人まで泣いてんの」
泣いたままの明に、鼻を摘まれる。
「ヤメろよー」
同じように泣き笑いを浮かべてから、ようやく。
「………………ただいま、明」
「おかえり」
塩辛いキスを交わした。
僕らはきっと、この日を忘れないだろうと思った。
この先に、また、何が起ころうとも。
きっと、このキスの味を覚えていれば、何だって出来ると思った。
いつも何か足りなかった毎日は、今日で終わり。
隣を見ると、アイツが笑い返してくれる。
だから、オレも笑い返せる。
作った笑いじゃない、心からの、笑顔。
あぁ、どうしてだろう。こんなにも満たされてく。
離れて解る、だなんて嘘。
離れて、また出逢うからこそ、気付くんだ。
こんなにも安らぐこと。
こんなにも幸せなこと。
こんなにも優しいこと。
----これほどまでに愛しいこと。
守りたくて、ずっと感じていたくて、手放したりしないと心の中で密かに誓う。
アイツもきっと、同じようなこと思ってるだろうなと思うだけで嬉しくなる。
だから、呼ぶんだ。
3年間、呼ぶことの出来なかった名前を。
そうした後で、静かに微笑い合うんだ。
「大好きだよ」
幼い頃から何度も繰り返したのと同じ言葉を、あの頃よりも想いを込めて。
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