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第4話 Dr.T
ルディの1度目のヒート直後に招集が掛かり、理事へ研究成果を報告しなければならなくなった。
円形のテーブルを囲うように理事、そして私を含め4人のドクターが着席した。
B-4と呼ばれる区画で現在ヒートを起こすまで成熟したΩが4人いるという事だ。
だが、成果は芳しくない。
「ドクター諸君、成果は?」
「はい理事、──まだ何も、」
「まあいい。次の実験計画ををα0134より順に教えてくれ」
Ω7793、トニーと呼ばれたΩは現在、試験薬Eを投与、副作用により嘔吐と下痢を繰り返しているがフェロモン値の上昇、即ちヒートの発生を歯止める事は出来ていない。
Ω7794、リッキーは担当医が悪かった。直腸に直接ホルマリン溶液を注入、去勢を試みたがショック症状を起こし現在治療中。
Ω7795のフレッドは精管を結紮。しかし、ヒートは依然1ヶ月に1度発生。つまりヒートは直腸奥の生殖機能によって引き起こされる可能性が高い、という事が改めて立証出来た程度だ。
そして、Ω7796であるルディは、やっと一度目のヒートを迎え、搾精を行い試験薬Aを投与したが、ヒートの鎮静効果は皆無だった。
「先日試験薬Eを投与しましたが、効果なし。回復を待ち試験薬Fを投与予定」
「ホルマリン溶液の注入により、現在ショック状態にある為、──、新たなΩを迎え入れ、」
「ドクターα0135、貴方は私の研究内容をご存じないようだ。私はΩの発情抑制を研究している。過去の虐殺に等しい去勢を依頼しているのではない。よって君は解雇処分だ、今すぐ去ってくれ」
「──なっ、そんな、!私はただ、!」
「摘み出せ。治験体に愛咬の形跡がないか確認して、問題なければ残念ながらドクターは処分だ、──……さあ、続けて」
50手前だろうか、名医と呼ばれていたであろうα135の退室が命じられる。
抵抗を見せるが、すぐさま部屋に入ってきた理事の警護によって摘み出されていく。
そう、理事が仰るようにここは、『Ωの発情抑制薬を研究、開発する施設』なのであって、Ωの虐殺及び処分が目的の収容所ではない。
「せ、せせせ精管を結紮、い、いた、致しまし…が、い、いいいい依然──、ひ、ヒートが、っ」
「ドクター、精管の結紮は既にΩ0005で試験済みだという記録をお読みじゃないかな?」
「ヒッ──、」
「残念ながら、──」
柔和な微笑を浮かべる70歳程の理事が、私の真横で身を震わせる30代半ばのドクターに退室を命じる。
繰り返すようだが、ここは『Ωの発情抑制薬を研究、開発する施設』であり、この数年の間に少なくとも8000人近くのΩが犠牲となっている。
「Ω7796、本日ヒート発生。搾精、試験薬投与でフェロモン値の変動は見られませんでした。次回のヒートで、αの体液を直腸に注入。ヒートの緩和効果を期待しています」
「ほう、α0137。ドクターXXXXと言ったかな?体液と言うのは精液かね、それとも血液か──、髄液かな」
「精液です。緩和が見られれば緊急抑制を可能にする頓服の開発に充て、継続して試験薬も投与しますが、α0134とΩ7793間に効果が見られない事から、前試験薬との二種混同を試み、新たな試験薬開発に着手する予定です」
「君は若いながらに──、いや若さ故かな。兎角、期待しているよ」
「ありがとうございます」
会議室を後にして研究室に戻る。
デスクの上には散乱した資料、先ほど検査に掛けたばかりのルディの記録データ、山積みの報告書。目に入るや否や気が重くなる。
デスクチェアに腰を下ろしてルディの記録データに目を通す。
これまで様々な実験が行われたΩ達のデータと何ら変わらない。僕とルディのペアで有効な試薬が出来るとは到底考え難い。
だが、既に8000人のΩが犠牲になっている。8000人だ──。
現在の理事に代わるまでの間、此処は無法地帯だったと聞く。死者の数の方が圧倒的に多いだろう。
ぐしゃ、と記録紙を握り潰し次の実験の計画を練る。
先程理事に報告した通り、精液を注入したい。だが、問題は……どうやって確保するか、だ。
こうしてΩの発情抑制剤の研究が続けられる一方で、αの発情抑制研究が行われないのは何故か。
それは彼らがαだからだ。
αである。
ただそれだけで、絶対的支配者で、絶対的上流階級者、そして絶対的権力者だ。
Ωが8000人死んだところで、世間は沈黙を貫くが、例えばαが1人でも死んだら──?
すぐにその研究施設は閉所、死に追いやった当事者以外も連帯責任だと処分は免れない。
そんなα様にどうやって精子提供を願う──?
たった0.1mlで幾らになる──?
他のドクターに依頼するか……──?
結果は同じだ、αの精液は高い。
それがΩ研究に使用されると分かれば尚更。
どうしたものか、頭を抱える私の背後から、コンコンと小気味いいノックの音が響いて現実に引き戻される。
「──どうぞ、」
「ドクター、Ω779──、ルディですが、バイタル安定してきました。如何いたしましょう」
「ああ、ありがとう。今後は私の処置室で隔離する。隣へ運んで」
「了解致しました」
「──……それとベティ、」
「はい、ドクター」
「君がアンチΩマニアじゃなくて、本当に良かった」
「ドクターテディ、無理は禁物ですよ」
「ああ、」
「失礼します」
助手のベティ、エリザベスは私の研究に非常に協力的だ。
それは助手という立場上、当然と言えば当然だが、前のアマンダは酷かった。
後処置をと頼んだ時は、「Ωの精液を私に拭き取れと仰るのですか、!?」とヒスを起こした。
だから、今のルディを見つけて担当医に名乗り出た後、彼女に出会えた事は本当に奇跡的だった。
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