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第6話
ぱち、と目を開くと見知らぬ天井。
コンクリート製の無機質な天井は見慣れているけど、まだ真新しい白のコンクリートは初めてだった。
起き上がろうとするけど、体が重くて気怠くて、頭もぼう、とする。
寝返りを打つとじゃらり、と聞きなれない金属音と手首、足首に重みがある事に気付く。
ふと見ると金属製の拘束具。鎖の先は寝具の支柱パイプ。
寝返りを打つ事は出来る、多少動かす事も出来る。
ただ、たぶんこの長さじゃベッドから降りて自由に部屋を歩き回ることは難しい。
「──……なにこれ」
視界の下端には酸素マスクが見えていて、部屋の中を見回すと電子機器と銀のナーシングカート。
ドクターテディの診察室だ、検査で訪れる部屋。
だけど、肝心なドクターテディの姿はない。
どうしよう、──。
最後の記憶を振り返る。
中庭で苦しくなって、それでその後、──。
そうだ、地下に運ばれて、目を開けたら防護服を着たドクターテディが、──。
鮮明に蘇る記憶に顔がカッと熱くなる。
凄く恥ずかしい事をされた、そしてそれをドクターテディに見られた。
気持ち良くて、でも苦しい事をされた。
でもどうして、僕はドクターテディの診察室にいるんだろう──。
自分の置かれた状況がわからなくて、考えている内にギギィッ、と重たい音がした後で、誰かの気配を感じる。
誰なのか確認したいけど、体が重くて起き上がれなくて、視線をどんなに動かしても音がした方まで捉えられない。
「おはようルディ、気分はどう?」
「ドク、タ、……てで、ぃ?」
「そうだよ、ルディ。吐き気はないかい?お腹や頭は痛くない?」
「……ううん、だいじょうぶ、」
今一番会いたくて、でも一番会いたくない声がガチャンと扉が閉まる音と同時に耳に入る。
今さっき思い出したばかりの恥ずかしい記憶が、先生の顔を直接見るのを嫌がって、小さく丸まってぎゅっと目を閉じる。
ぎし、と軋みを上げて先生がベッドに座ったみたいだ。
「お顔を見せて」
「……いや、」
「どうして?」
「……はずかしい、」
いやいやと首を振って、もっと小さく丸まる。
だったら、と声がした後すぐに、脇腹に手が差し込まれて、指がばらばらに動き始めた。
「っひゃ、っはは、っひ、ふふっ、ふふふ、やめ、くすぐった、っひゃ」
「グッドボーイ、ルディ。お顔が見えた」
「ずるいよ、ドクター」
「怒った顔もかわいいね」
くすぐるのを止めた先生が前髪を掻き分けて、僕の顔を覗き込むから、口を尖らせて睨みつける。
それも可愛いと言って笑う先生はとてもご機嫌に見えた。
でも目の下にいつもはない隈があって、少し顔色が悪そうで眉を寄せる。
「ドクターテディ、くまが出来てる」
「大丈夫、少し研究をしていただけだよ。ルディの体は?どう?元気かな?」
「少しだるいんだ、起き上がりたくない」
「オーケー、ルディ。それはしょうがない事だ。今日はゆっくりお休み、そしたらきっと明日には良くなるはずだから」
「うん」
「朝ごはんを持ってきてもらおう、今日からお薬も始めるよ」
「──……、おくすり?僕、どこか悪いの?」
「昨日、中庭で倒れただろう?同じことが起きないように、今日から治療を始めるんだよ。その間、拘束もしなくちゃいけない、我慢できるね?」
「……ぅん、」
「大丈夫。ルディの担当医は誰だい?」
「ドクター、テディ」
「そう。ルディ専属の担当医で名医だ。だから絶対に治してあげる。そのために、ルディも協力してくれるかな?」
「わかったよ、ドクターテディ」
「グッドボーイ、ルディ」
僕のくるくるの前髪を弄びながら、まっすぐに先生が見詰めるから、僕はうんうんと頷く事しか出来なくなる。
会話を終えて立ち上がる先生にもう少し傍にいて欲しくて、白衣のすそを掴むと振り返って首を傾げてくれた。
もう少し傍にいて、とお願いしようと思ったけど、きっと先生は僕のわがままを甘えん坊だと許してくれるとも思ったけど。
何だか気恥ずかしくて裾を掴むのを止めて寝返りを打って背中を向ける。
何も聞かずに、蹴散らしていた布団を綺麗に掛けてくれた後で、コツコツと足音が遠ざかっていく。
ギィィ、と入ってきた時と同じように重たい音が響いて、ガチャンと扉が閉まる音がとても大きく聞こえた。
大好きな、僕の優しい先生、ドクターテディ。
だけど今日は、昨日より、一昨日より、うんとずっと大好きな気持ちが大きくて、ずっと傍にいてほしいよ、ドクターテディ。
これも、病気の所為かな、ドクターテディ。
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