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第11話

「───と、優しく言うとでも思ったかい?」 「──、くた、でぃ、?」 「経口避妊薬による発情期の管理、そしてセリンプロテアーゼによる沈静。Ωとしての君の役目は済んだ。実験はまだ続くが、君はもう用なしだ」 「───……、?」 「いつまでそこで寝ているつもりだい。私は邪魔だ、と言っている──。さっさと起きて、ここから出て行くんだ、Ω7796」 「、っ」 ベッドの隣に佇んで、僕を見下ろす先生の目が冷たい。 まだ朦朧とする意識の中で、ようやく掴んだ先生のシルエットがじわじわと歪む。 淡々と紡がれた言葉はよくわからないものが多かった。 今、先生はなんと言った──? Ωとしての僕の役目が済んだ? 僕はもう用なし? いつまで寝ている?僕が邪魔? さっさと出て行け──? もう先生は僕を“グッドボーイ、ルディ”と褒めたりしない──? 「ッ、ベティ──!いつまでここにΩ7796を寝かせておくつもりだ、早く片付けろ!」 「──はい、ドクター」 車椅子を押しながら近付いてくるベティ。 「研究の為とは言え、Ωとただ寝たなんて恥曝しにも程がある。その事を知っているベティ、君もだ。もう顔も見たくない。出て行ってくれ──」 「──はい、ドクター」 指一本動かない。 疲れたんだ、もうずっと暗闇の中にいて、もうずっと熱が続くみたいで、もうずっとドクターテディに会いたかった。 でも、先生は、ドクターテディは、僕に会いたくなかった、僕と寝たのは恥曝しだった、僕はもう、いらない──。 必要ない──。 一番、恐れていた事だった。 グッドボーイ、ルディと褒めて貰えなくなる事。 悪い子だ、もういらない、と言われてしまう事。 叩かれた訳じゃないのに、ガンッと金槌で頭を叩かれるみたいな衝撃が走った。 ベティは僕に今まで着た事もないような、作りのいい小洒落た服を着せた後で、車椅子に乗せてくれた。 持参していた旅行鞄を膝の上に乗せて、「これはアナタのよ」と教えてくれた。 取っ手の部分に自分の旅行鞄を提げて、先生の研究室を抜ける。 先生の研究室には、紙が散乱していて、長い記録紙がゆるく折り畳まれて沢山重ねられていた。 研究室を出る寸前、出ていく僕達とは反対に、2人の影とすれ違った。 1人は白衣をきていて、ドクターのネームプレートを掛けていたから、きっと誰かのドクターだ。 その後ろをついていく男の子を僕は知ってる。 ──、トニーだ。 僕より先に夢精を済ませて、僕より先に居なくなった──。 「やあ、トニー、元気かい?」 「元気だよ、ドクター」 「グッドボーイ、トニー。今日から君に、実験を行うよ。耐えられるね?」 「イエス、ドクター」 振り返ると、ドクターテディが笑顔でトニーを迎え入れていた。 首に包帯を巻いたトニーが、嬉しそうにドクターテディとハグしてる。 一瞬、酷い寒気がして、全身の毛穴と言う毛穴が開いてガタガタと体が震え始めた。 ずるい、ずるいよトニー。 トニーにはほら、担当のドクターがいるじゃないか。 なのにどうしてドクターテディとハグするの、どうして僕はもういらないと言われたのに、君は快く先生に迎え入れられているの。 どうして──、っ! 「うわああああ、ああああああぁ────!」 「やあベティ」 「こんにちは。α0134からの退所命令書と、理事の承認書、守秘義務に関する誓約書、Ω7796の身分証明書、それからベネディクト市立Ω保護施設からの就労支援証明、ベネディクト行きの切符2枚です」 「おや、退所命令?君が?この子と?」 「ええ」 「おかしな事もあるもんだ──あぁ、心身喪失により実験続行不可、それに……えーっと、ベティ、君はΩ保護施設に?」 「ええ、そうです」 「ふむ、──車は?呼んであるのか?駅までは遠いぞ」 「はい、それでは」 「さようならベティ」 「さようなら」 ベティは発狂する僕に鎮静剤を打った。 うとうとする意識の中で、ベティが誰かと会話をしている。 さようならのあいさつの後で、風が僕の頬を撫でた。 がたがたと揺れながら、僕を乗せて車椅子は進む。 薄目を開くと、どこまでも続いて見える平野が広がっていた。 進んだ先に一台のボロい車が止まっていて、ベティが窓を叩くと、ドクターテディと似た背格好の男性が中から出てきた。 「ベティだね」 「はい、そうです」 「その子がルドルフの?」 「ええ」 「オーケー、まずは乗って。この子は僕が乗せてあげよう」 男性は、いとも容易く僕を抱き抱えて、後部座席へと優しく寝かせてくれた。 先に乗り込んだベティの膝に頭を乗せて、僕はうとうとする。 「一応、書類を見せて」 「どうぞ」 「ん、──ベネディクトに向かえばいいのかな」 「いえ、もう一通」 「──死亡報告書?死因は……搬送中に錯乱状態に陥り……──時速80kmで走行中の車から転落、脳挫傷により、!?」 「ふふ、よくできているでしょう?」 「え──っと、では僕は時速80kmで走行して彼を捨てればいいのかい?それとも別の行き先が?」 「レオルニドの街へ──」 「はっ、そりゃいい。ルドルフの奴も、考えたもんだな」 エンジンが掛かった車が動き始めた。 ねえドクターテディ、僕、初めて外に出たよ。 ねえドクターテディ、僕、初めて車に乗ったよ。 ねえドクターテディ、外は危ないから、出てはいけないと言ったよね。 ねえドクターテディ、なのにどうして僕を追い出すの。 「ルディ、起きてる?」 「……ぅん、」 「ドクターから手紙を預かっているの。読んでもいい?」 「ん、」 僕の頭を撫でながらベティが問い掛ける。 返事をすると、旅行鞄から封筒を取り出してドクターからの手紙を読んでくれた。

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