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(06) 秘密

結局、ミノリを抱いてしまう。 ミノリと付き合っているタキに悪いし、何よりミノリ本人にも気を使わせてしまっている。 一度ならず、二度三度となると、さすがに罪悪の念を禁じ得ない。 アラタはそう思って、今度はデリヘルでも頼もうかと、夜の情報誌を買いに行くことにした。 しかし、例のごとくいつものコンビニを探して迷子。 結局、手ぶらで家に帰ってきた。 アラタは、天井を見上げた。 最近は、ミノリとのセックスの事ばかりが頭に浮かぶ。 高校生の頃、ミノリとは月に数回程度の関係だったが、これ程までに気持ちがよかった、という記憶はなかった。 そんな事を考えているうちに、誰かが扉を叩く音が耳に入った。 トントン。 誰かと思って覗き穴を覗く。 頭しか見えない。 「僕です。ユウキです」 ユウキの声に、アラタは勢いよく扉を開けた。 「おお、ユウキか。よく来たな。入れよ!」 ユウキは申し訳なさそうにお辞儀をすると玄関の中に入った。 テーブルを前に正座をするユウキ。 アラタは、訝しげにユウキを観察する。 「ユウキ、何だか大人しいな。何かあったのか?」 「いいえ……」 すぐに黙りこくるユウキ。 アラタも、そっと黙って待ってやっている。 ユウキはポツリと呟いた。 「おじさん、何か話してよ」 「ん? 俺の話なんて面白くも無いぞ」 「いいよ。別に面白い事なんて期待していないから!」 「こいつ!」 アラタは、ユウキの額をピンと指で突いた。 何だかんだで、この二人は相性がいい。 久しぶりの再会で、気まずさも少しあったがすぐに打ち解けた。 「……で結局、俺が一番でかくて優勝って訳よ!」 「ぷっ、おじさんって昔からオチンチン大きかったんだね」 「そうさ。みんな触りに来たものさ。あやかりたいって」 「あははは。すごいすごい!」 ユウキはお腹を抱えて笑った。 アラタは、そんなユウキの笑顔を眩しそうに見つめた。 ふと、時計を見たユウキが言った。 「おじさん、今日泊まっていっていい?」 アラタは一瞬迷った。 しかし、すぐに首を振った。 「それは、ちょっとな。家の人に許可をもらわないと……」 アラタがそう言うと、ユウキは、すっと立ち上がって怒鳴った。 「おじさん! 今日は家には誰も居ないんだ! だから、僕がどこに泊まろうと僕の勝手。叔父さん叔母さんには関係無い!」 はぁ、はぁ、と興奮して息を切らせるユウキ。 アラタは、ユウキの手を引いてそっと抱き寄せた。 「なぁ、話せよ、ユウキ。お前の事」 ユウキはアラタの胸の中でコクリと頷いた。 ミノリの言った通りだった。 両親は交通事故でなくなり、預けられた先は叔父叔母の家。 そこでは、愛情のかけらもなく育てられていた。 授業参観や運動会など学校行事への参加は皆無。 もちろん、習い事などはさせてくれない。 誕生日、クリスマス、お正月。そんな行事は別世界の事。 買ってもらえるものは、必要最低限の文房具、それに本を少々。 オモチャといえる物は一切持っていない。 このような空気同然の扱いを受けていた。 ユウキは、一切合切を話しを終えると、わぁっと泣き出した。 アラタはユウキの背中を優しくさすってやった。 「そっか……なぁ、ユウキ。泣くなよ」 「泣いてなんか無い!」 アラタは、ユウキに言った。 「どうだろ? その授業参観だが、俺が行っちゃダメか?」 「えっ?」 ユウキはアラタを見上げた。   「ほら、俺ってさ、昔は学校の先生になりたかった訳よ。だから、興味があるんだよ。それに、久しぶりに学校に行ってみたいなぁって。なぁ、どうだ?」 「興味って……担任の先生が男の先生だから?」 ユウキはぽつりと言った。 アラタは参ったな、と頭を掻きながら言った。 「ち、違うって! マジで興味があってだな。……ところで、担任の先生ってのはいい男なのか? ノンケ?」 「し、知らないよ!」 「あはは。冗談だって!」 アラタは、照れ隠しにユウキの肩をバンバンと叩いた。 ユウキは、嬉しそうに小さい声で言った。 「いいけど……本当に来てくれるの?」 「もちろん! よし、決まりだな!」 授業参観当日。 アラタは、スーツに身を固め、ユウキの小学校に向かった。 手にはユウキが描いた手書きの地図。 俺はどれだけ方向音痴なんだよ、とアラタは苦笑いをした。 小学校に到着すると、アラタは辺りを見回した。 ユウキと同じくセーラーと半ズボンの男の子達で溢れかえっている。 「やっぱり小学校はあるんじゃないか。まったくミノリのやつ、何が近くに学校は無いだよ」 アラタは思わずボヤいた。 教室は保護者でごった返していた。 アラタは、縫うようにかき分けて入って行く。 すると、すぐにユウキを発見した。 目線で合図を送る。 「よっ!」 ユウキは、不安そうな顔を一転させて、満面の笑みを浮かべた。 アラタは、よし! とガッツポーズをした。 どうやら、ユウキはなかなか勉強ができる子のようだ。 先生の質問にも的確に答える。 アラタは感心してユウキの授業風景を見守った。 「じゃあ、ユウキ君。答えられるかな?」 「はい! えっと、砂漠にはオアシスがあるからです!」 「良くできました! 拍手!」 保護者からも、ざわざわと声が上がる。 アラタは何だか鼻が高くなった。 帰り際に、アラタはユウキに声を掛けた。 「何だ、ユウキ! お前、随分と優秀じゃないか」 「えへへ。まぁね!」 ユウキは鼻の下を指でこすって照れ笑いをした。 アラタは、ユウキの頭をポンポンと撫でてやった。

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