9 / 10

(09) 過去

アラタは眠気まなこで布団から起きた。 そこにいる人に話しかける。 「おはよう、ユウキ。あれ? ミノリ、どうしてここに?」 「おはようございます。アラタさん!」 そこには、パジャマ姿のミノリがいた。 アラタは、たしか、ユウキが来ていたはずだったのだが、と頭をポリポリと掻いた。 「ミノリ、いつ来たんだ? まぁ、いいか。丁度いい、朝イチでどうだ?」 最近のアラタは、ミノリを見ると条件反射で欲情してしまう。 朝勃ちもビンビンだし、渡りに船。 アラタは、ミノリの手首を引っ張ると、強引に押し倒した。 しかし、ミノリは顔を背けて言った。 「アラタさん。ちょっと待って下さい」 「ん? どうした?」 いつもと違うミノリの態度に、アラタの理性はストップを掛けた。 アラタは、優しくミノリを起こしてやると、手を握って言葉を待つ。 ミノリは頭を下げた。 「まず、御礼を言わせて下さい。ありがとうございました」 「ん? 何のお礼だ?」 アラタはハテナ顔になった。 ミノリは続ける。 「ユウキの事です。彼に優しくしてくれました」 「ああ、ユウキね。ん? 何でミノリがユウキの事を知っているんだ?」 「はい、それは……」 ミノリは口ごもった。 そして、俯いた顔を起こすと、アラタに真っすぐ向けた。 「オレがユウキだからです。多分」 「え!? どういう事?」 驚いたアラタはますます混乱を深める。 ミノリは首を振った。 「オレにも分からないです。でも、オレの記憶にもあるんです。小学生の頃に出会ったある人の事」 ミノリは話し始めた。 オレは、アラタさんが話したユウキと同じ境遇。 両親の愛情を知らず、叔父叔母の元でひとりぼっちで育ちました。 ある日、家出をした時、その人と出会い、よくしてもらいました。 愛情をもらいました。 初めて、ひとりぼっちじゃないって思いました。 でも、あの人はオレの前から消えてしまったのです。 しかし、いつか約束を果たす時が来る。 それを胸に頑張って来ました。 高校に入りアラタさんに出会い、あの人の面影を見ました。 そして、好きになりました。 あなたに抱かれ、あの人との約束を忘れかけていました。 でも、この間、アラタさんの話を聞くうちに昔の記憶が蘇ってきました。 それと同時に、確信しました。 幼い日に愛情をくれたのはあなた。 アラタさんなのだと。 ミノリの話は、突飛であった。 アラタは、 「にわかに信じる事は難しいな」 と呟いた。 ミノリは、でも、と続ける。 「でも。ユウキって名前、オレの旧姓、本当の苗字なんです」 「苗字!?」 「当時、オレはその名をよく使っていました。ユウキ ミノリ。オレの名前です」 「ユウキ ミノリ……」 「アラタさん。オレの記憶とアラタさんが体験した事が同じなら、オレはアラタさんとある約束をしています。ずっと、家族。そして、望むなら恋人にと」 アラタは、目の前の霧が晴れていく気がしていた。 ずっと、心の中で渦をまく、何か大事なものを見落としているような、そんなもやもやした気持ち。 それが何なのかようやく理解した。 「ああ、ミノリ。お前のいう通りだな。確かに約束をした。そうか、ミノリ、お前とした約束だったんだな」 アラタは、ミノリの頬を手で押さえた。 そして、ミノリの顔をじっと見つめる。 「確かに、ミノリにユウキの面影がある」 「はい」 アラタは確信した。 ミノリは、拳をギュッと握って声を張り上げた。 「アラタさん、オレ、実は今でもアラタさんと契りを結びたいです! ダメですか?」 「ミノリ。お前、そんな約束に振り回される事はない。タキと付き合っているのだろう?」 ミノリは、下を向いた。 そして、申し訳なさそうに上目遣いで言った。 「それ、嘘なんです」 「え?」 「実は、タキさんとも別れました。アラタさんがこっちに帰ってくるって聞いたから」 「な、なんだと!?」 驚くアラタ。 しかし、続くミノリの言葉に、アラタは言葉を失った。 「約束の、あの人に相応わしい男になる為に、オレはいろんな男と付き合いました。より気持ちのいいセックスを学ぶ為です。あの人が望む事を叶えるため、どんな要求でも満足させられるようになる為。いつか結ばれるその時の為に……」 しばらく沈黙が続いた。 ミノリは下を向いて、黙ったまま、アラタの言葉を待った。 アラタの肩にミノリの思いが重くのしかかる。 アラタを満足させる為だけに、ありとあらゆる男達と寝て、男を気持ちよくさせる技量を身にようとしたのだ。 はたから見れば淫乱。只のビッチ。 しかし、その根底にあるには純粋無垢な一途な思い。 子供の時に決意した願いを叶えるため。 そして、現に今、ミノリの体はアラタを虜にするだけの魅力を勝ち得たのだ。 アラタは、感動で打ち震えた。 ミノリのアラタに対する気持ちが本物なら、またアラタのミノリに対する気持ちも本物。 アラタは、決意を口にした。 「ミノリ、いやユウキ。今こそあの日の約束を果たそう。俺は、お前を恋人として迎え入れる」 ミノリの体はアラタにもっていかれた。 アラタは、胸の中のミノリに語りかける。 「いいな? ミノリ」 「はい! アラタさん!」 ミノリは、アラタに精いっぱいの力で抱き着いた。

ともだちにシェアしよう!