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第10話 祓戸の神⑩禍津日神

「祓戸、どうしたの!?」 「何事ですかッ!?」  詩に続き、ソンミンも駆け寄る。  祓戸は肩で息をしながら、片手に男のベルトを捕まえていた。 「こいつ……」  詩の前に男が差し出される。 「あれっ、この前のバッグの人!?」  置き引き及び食い逃げ犯だ。  祓戸に見つかり、ここまで引きずられてきたんだろう。男はひざを突いたまま、真っ青な顔で詩を見上げた。 「詩に嫌がらせしたのはこいつだ」  表紙の破り取られたフリーペーパーを、祓戸が着物のそでから出して放る。 「レビューサイトの件もあなたですか?」 「知らねーよ」  詩が聞くと男は目を逸らした。  祓戸が胸ぐらをつかんで引き寄せる。 「黄泉(よみ)の国にいるイザナミが、1日に何人殺しているか知ってるか?」  確か伝説ではイザナミが1日に千人殺すと宣言し、この世に“死”が生まれた。 「ウソつきはさっさとあっちへ送ってやるぞ?」 「黄泉の国へ送るだと?」  さっきまで真っ青だった男の顔が怒りに赤く染まった。  それと同時に辺りの空気が震えだす。 (え……?) 「……やれるモンならやってみろ……」  地の底に響くような声。あっと思った時には、男の口から何かが飛び出していた。 「うわあああっ! なんなんですかっ!?」  ソンミンが悲鳴を上げる。 「禍津日神(まがつひのかみ)だな。イザナギの(みそぎ)の時に生まれた……。俺とは兄弟みたいなもんだ」  言いながら祓戸が身構えた。いつの間にか、彼は片手に(つるぎ)を握っている。  禍津日神と呼ばれたそれははじめ黒い霧に見えたが、そのうちに影のような人の形を取った。 「下がってろ。こいつに触れると災いがうつる」  祓戸に言われ、詩たちは店の壁際に逃れた。  と言っても狭い店内だ、距離を取るのは難しい。 「てっ、てんちょー!!!」  ソンミンが泣き顔で抱きついてくる。 「祓戸……」 「心配するな、一気に片付ける!」  祓戸が剣を振るい、禍津日神は大きな獣の頭部になって襲いかかった。  ふたりの神が雷のような光と音をたててぶつかり合う。 詩はカウンターの陰でソンミンをかばいながら、祈る思いで氏神を見つめた。  祓戸が剣を抜く。 「ここはお前のいるべき場所じゃねえ!」  神々の勝負は一瞬だった。  祓戸の剣が黒い霧を斬り裂き、霧がざわざわと音を立てながら霧散する。 「……どうなったの?」 「もう大丈夫だ」  彼が剣を(さや)に収めた時には、すでに霧は消えていた。  ガタガタと震えながら、床にはいつくばっている男が見える。 「悪いものは出ていったが、お前はどうする?」  祓戸が男に向き直った。 「あいつは元々の悪党にしか取り付かない。が、取り付かれると悪党が、やたら強気になるのが面倒なんだよな」  強気じゃなくなった男はどうするのか。  見ていると彼は早口でしゃべりだす。 「なっ、なんだよ、そっちが悪りぃんだろう! 関係ねえのにカッコつけやがって首突っ込んできたりするからだ!」 「僕が正義の味方ぶって、神社まで追いかけていったのが気に入らなかったんですか?」  詩の問いに、男は舌打ちして答えた。 「その通りだ!」 「そうですか」  詩は彼に近づいていって助け起こす。 「とりあえず座ってコーヒーでも飲みませんか? お代は要りませんから」 「……はあっ?」  聞き返したのは男ではなく、祓戸とソンミンだった。

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