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第12話 [閑話]ご褒美デートの顛末
「ミンくん、この前話してたボーナスの件だけど」
閉店後の珈琲ガレット調布店。
詩がエプロンのポケットに手を突っ込んでいるのを見て、ソンミンは期待に目を輝かせた。
「店長そのことっ、本気で考えてくれてたんですか!?」
「当たり前だよ。ミンくんの期待を裏切るわけにはいかないからね」
詩がニコニコ顔で、ポケットから2枚のチケットを取り出した。
「じゃーん! なんと、4DXシアターのチケットだよ。これから行かない?」
「ええええっ、マジですか!? 3D映像が見られて、それから座席が揺れたり風が吹いたりいろいろとするやつ!」
「それそれ」
「わあっ、僕初めてです!」
「僕もだよ」
「どうしよう……、つ、ついに店長と夢の初体験がッ!!」
「なーに2人して盛り上がってんだ。つーか変な言い方するなよ……」
店にいるのは2人だけかと思ったら、いつの間にか壁際に祓戸が寄りかかっていた。
「いたのか、お邪魔虫」
ソンミンが緩みきっていた顔を引き締める。
「誰がお邪魔虫だ!」
「実際、僕らの仲を邪魔してるじゃないですか」
「あのなあ、詩とお前は別にいい仲でもなんでもないだろう」
「これから映画デートでいい感じになるんです!」
「それを断言できるお前の妄想力がすごいわ……」
言いながら祓戸が来て、詩の持っていたチケットを横から取った。
「で、これで映画が観られるのか?」
「そうだけど……」
「ふーん?」
なぜか祓戸はチケットを不可解そうな顔で見つめている。
「あれ、祓戸……」
詩があることに気づく。
「もしかして、映画観たことない?」
「……あ?」
「そのちっちゃい紙に映るんじゃないんだよ? 暗い部屋にあるおっきい画面に映るんだ」
「え……?」
「ああ、やっぱり……」
きょとんとしている祓戸を見て、詩は愕然 としてしまった。
「調布に住んでて、映画を観たことがないなんて!」
一応、調布市は『映画のまち』をうたっている。映画の撮影所や映画関連企業が多くあることからそう名乗っているようだが、一般人からすると映画との関わりは、駅前に新しくできたシネコンくらいだった。
そして今手元にあるチケットも、詩が休憩中に行って、そこで買ってきたものだ。
「観たことないんですか。一昔前の映画みたいな格好しているくせに……」
ソンミンがあきれ顔で言った。
祓戸が言い返す。
「何か問題か?」
「問題ないない!」
ケンカになりそうな空気を察し、詩が割って入った。
「でも一度くらい行った方がいいかもね」
「行くってどうやって?」
彼には詩の言葉の意図がわからないようだ。
「つまり、ここにチケットがある」
詩は祓戸の握っていた2枚を一旦取り上げ、それをソンミンと祓戸に1枚ずつ持たせた。
「どど、どういうことですか、店長……」
ソンミンが不安そうな顔をする。
「2人で行ってきなよ。ミンくんは夢の4DXが観られるし、祓戸も映画を知るなら最新技術のが手っ取り早いでしょ」
「いや、でも……え?」
「ああ、そろそろ映画、始まっちゃう! ミンくん、うちの神さまをよろしくね」
詩が二人の背中を押した。
「ああもう! 4DX!」
ソンミンは諦めたのか店を出て、映画館の方へ向かって行く。
祓戸がニヤニヤしながらそれを追いかけた。
(さてと、僕はもう上がっちゃおう!)
詩は静かになった店でひとりうなずく。
それからあとで聞いた話では、二人とも映画はとても楽しかったようで、4DXのすごさを興奮気味に話していた。
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