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第18話 疱瘡の神⑥ゲリラ花火

「祓戸!? 何やってんの?」  夜、外が騒がしい気がして2階の窓を開けると、屋根の上を祓戸が駆け回っていた。 「何って見ての通りだよ!」  彼が何かを素早くつかみ、こっちに示した。  詩は窓枠から身を乗り出してそれを見る。 「え、ネズミ?」 「……に見えるかもしんねーが風邪の神だな。んでこっちは(せき)の神!」  詩の方へ駆けてきたネズミを祓戸が逆の手で捕らえ、彼は両手のネズミをひねり潰した。  それはポンッと煙を発して虚空に消える。まるで風船を握りつぶしたみたいだった。 「本当にネズミじゃなかったんだ……」 「それより詩、体調は?」 「うーん、まあまあかな。夜風が気持ちいい」  祓戸がずいっと鼻先まで寄ってくる。 「まだ顔が赤いな。それに病の神の気配が消えない」 「病の神……?」  彼の手が詩の額に触れかけたが、その手はすっと離れていった。 「向こうでなんかヤバそうな気配がする!」  彼は近くのビルの上空をにらんでいる。 「待って、祓戸どこいくの!?」  今にも駆け出しそうな彼の手首を思わずつかんだ。  すると――。 「うわあああっ!?」  詩の体も彼と一緒に上空へと浮き上がる。 「詩!? ばか何やってんだ!」 「だって飛べるとか聞いてない!」  落ちないように腕にしがみつくと、その腕で腰を支えられた。  詩はほっと息をついて辺りを見る。  眼下には広々とした駅前広場とロータリー、それから駅ビルと周辺の商業施設が見下ろす角度で広がっていた。 「きれいだね……」  いま詩は、街の明かりと星空の真ん中にいる。 「きれいなのはいいんだが……」  祓戸の視線は正面を向いていた。 「今はそれどころじゃなさそうだ」  視線の先、お馴染みの商業ビルの上空に、刺々しい光に包まれた物体が浮いていた。  よく見るとそれは王冠を頂いた少年の形を取っている。  少年が首を回してこっちを見た。 「見ねえやつだな……。お前か? ウワサの“()()()”ってやつは」  祓戸の問いかけに、少年はとがった犬歯を見せて威嚇する。 「だったら何!? っていうかおじさん誰!?」 「祓戸の神。祓いを司る神だ。この街にいる病の神は、俺が端から掃除させていただく!」  祓戸がそう宣言したのと、少年がトゲトゲした光の球を投げつけてきたのが同時だった。 「詩! よーくつかまってろよ!?」  彼は光の球を剣の(さや)で弾き返す。  それから鞘を投げ捨て剣を振るうと、斬撃の残像が敵に向かって飛んでいった。 「うわあっ!?」  詩は思わず悲鳴を上げる。  光と光がぶつかり合い、調布駅上空に花火が上がった。 「あのさ……。コロナのせいでゲリラ花火が流行ってるみたいだけど、駅前はやっぱりマズいんじゃないかなあ……」 「なあに、警察が来る前に片付ければいいんだろ?」  祓戸が余裕の笑みを見せる。 「どっちがどっちを片付けるってェ!?」  少年が牙をむいた。 「ガキんちょが大人ナメんなよ!? こちとらおよそ2千年、人の祈りを受け入れて災いを祓ってんだ!」  光と光がぶつかり合う。  そのうちに少年の頂く王冠の光がはがれ始めた。  もう勝負の結果は見えていた。 「けッ……。見た目が派手なだけの、ただの付け焼き刃じゃねーか」  祓戸があざ笑う。 「……くうッ!」  少年が光の王冠を投げ捨てた。  それは空の星々にぶつかり、粉々になって霧散する。  光を目で追い前を向くと、いつの間にか少年の姿は消えていた。 「はあ……、うるさい年寄りは苦手だな」  声は、光の散った空のあちこちから聞こえている。 「言っとくけど僕らは分裂して増殖するんだ。追い払ったってキリがない。それをひとりでなんとかしようなんて、馬鹿な考えはやめた方がいい」  声はみるみる遠のいて消えていった。 「祓戸……」  しばらくの緊張感から解放され、詩は彼の体にもたれかかる。 「詩、騒いで悪かったな」 「ううん、大丈夫」  そうは言ったものの、体調不良のところに激しい光を浴びたせいか、急速に意識が遠のいてしまった。  祓戸が詩を横抱きに抱き直す。 「ベッドに戻ろう。送ってく」  額に優しい唇が触れた気がした――。

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