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第19話 疱瘡の神⑦大きな神と小さな神

祓戸(はらえど)のやつ、病の神を片っ端から捕まえて退治しているらしいな」  神社のひさしの高さを越える大きな神が、石段に片脚をかけ呆れ顔で言った。  彼の視線の先、拝殿の中で小さな神が小首を傾げる。 「その話。なんでも祓戸の氏子(うじこ)のひとりが、病気で寝込んでるんだって」 「死にそうなのか?」 「ううん。二、三日熱を出してるだけみたいだよ。年も若いことだし、さすがに死ぬことはないと思う」 「だったら何かあるのか? その氏子」 「特別な力もないただの人間だよ。ただしコーヒーを淹れるのが上手い」 「コーヒー……、たったそれだけ?」 「うん、それだけ」  小さな神が拝殿から出てきて、大きな神に手を伸ばした。  すると大きな神は当たり前のように彼を抱き上げ、肩に乗せる。  肩の上で小さな神は、大きな神の首に細い腕を回した。 「祓戸の気まぐれにも困ったものだよね。あまりやり過ぎると中つ国にいる神々の力の均衡が崩れてしまいそうだけど……まあ、彼にそこまでの力は無いか」  大きな神は少し考えるように押し黙ってから口を開く。 「しかし、俺にも少しは祓戸の気持ちがわかるような気がするな」 「どうして?」  小さな神が不思議そうにした。 「小さき者は、すぐに死んでしまいそうで心配だ。だから……」  大きな神は肩の上にいる小さな彼に、そっと額を押しつける。 「俺だって、お前がいつか消えてしまわないかと心配だ。人間を思うのなら尚更だろう」 「祓戸も、愛する者を失いたくないってこと?」 「それ以外に人ひとりのために必死になる理由は、俺には思い当たらない」 「なるほど、ね」  小さな神が、きらりと光る瞳を遠くへ向けた。 「祓戸をそんなに夢中にさせるなんて、あの人間には一体何があるんだろう?」 「コーヒーだろう?」  大きな神が顔をしかめてまばたきする。 「どうかなあ」 「……?」 「とても普通に見えるけど、それ以上の何かがあるのかもしれない」  小さな神は大きな神の腕を伝って彼の上からするりと飛び降り、拝殿の奥へと戻っていった。

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