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第20話 疱瘡の神⑧祓戸と詩
「ああくそっ! こいつもハズレか」
路地裏で小さな鬼神を踏み潰し、祓戸は息をつく。
あれ以来片っ端から病の神をひねり潰しているのだが、詩に取り付いているものを見つけることはできずにいた。
「……詩……」
半ば無意識に名前を呼びながら、祓戸は手のひらの汚れを袴 になすりつける。
額からしたたる汗は手首で拭き、またふらふらと路地裏を歩き始めた。
実はあの後閉店中の店内でソンミンがブルーマウンテンを淹れてくれたのだが、どうしてか満たされることはなかった。
味に遜色はなかったように思う。それなのにどこがいけないのか。考えてみると詩の淹れたコーヒーだって、群を抜いて美味いわけではなかった。
立花詩が淹れ、彼がカウンターの向こうからニコニコしながら見ているから、コーヒーは美味くなるんだ。
あの至福の時間を祓戸は欲している。
「おい、詩……」
店の2階にある部屋に行くと、彼はベッドで寝息を立てていた。
今は深夜、病人でなくても寝ていてしかるべき時刻である。
体温を確認しようと彼の首筋に触れてから、祓戸は自らの手が汚れていないか不安になった。普段なら祓 いの神である自分が、穢 れを持ち込むわけにはいかないのだが……。
逆に言えばうっかりそうしてしまうほど、祓戸の心は乱れていた。
手の状態を確認し、もう一度詩の首筋に触れる。相変わらず高い体温が、手のひらから伝わってきた。
「詩……」
首筋をなで、耳元へそっと口づける。
この三日で、まるで何百年もの年月が過ぎたみたいだと思った。
詩の乱れた前髪を払いのけ、額にも唇を押しつける。彼の顔は熱く、火照った皮膚は何かあれば崩れ落ちてしまいそうなほどに柔らかかった。
ふいに彼がどろどろに溶けてしまう様子を想像し、祓戸は息を乱した。
「ダメだ、詩……!」
その時……。
「ん……はらいど……?」
暗い部屋の中、詩がまぶたを持ち上げる――。
*
目覚めた詩は、普段とは違う彼の様子に戸惑った。
「祓戸? 大丈夫なの?」
ぐっしょりと汗で濡れた髪に触れて驚く。
それから鼻につく匂いに気がついた。これは血の臭いなのか、硝煙 の匂いにも似ている。それともそういうものとはまったく違う何かなんだろうか。
「詩……!」
祓戸が掛け布団を払いのけ、詩の上に馬乗りになってきた。
「え、何するの?」
詩は思わず枕元の方へ逃げようとする。
しかしすぐに押さえつけられてしまった。
「やっ……んんっ」
力では押し返せない。いや、力の差ではなく、体が思うように動かない。まるで金縛りにあっているみたいだった。
祓戸が本気になれば、人間である詩になすすべはない。普段親しくしていても、神と人は違うということを思い知らされた。
「祓戸……」
「悪い、じっとしていてくれ」
顎をつかまれ、声を強引なキスでふさがれた。
体の力が抜ける。
彼の片手がパジャマのすそから侵入し、直接肌に触れてきた。
(僕、体温計を脇に挟んでたんだっけ?)
口をふさがれたまま詩は考え、そうではないことに気づく。
それより、強引な手のひらに素肌をまさぐられると、詩の体は否応なく高まってしまうのだ。
「ああっ、祓戸……ダメだっ」
「少しガマンしろ」
唇が離れて至近距離で目が合った。祓戸は続ける。
「それから……あんまエロい顔すんな。俺がそういうことをしたくなる」
「祓戸が……キスとかするから……」
男の詩にキスで感じるなというのは酷だ。
「わかった、エロいこともあとでしてやるな」
氏神はにやりと笑うと、詩の腹を押さえ込んでいた手に力を込めた。
(え――?)
その手のひらが腹の中に没していく感覚がある。
「うわあっ!」
詩の体はベッドの上で海老反りに跳ねた。
けれども氏神はためらうことなく、詩の体の中を探っていく。
「ひっ、ああ……っ、何、してるの……?」
「こんな手荒な真似はしたくなかったが……もうお前の中にしか、病の気配が見つからねえ!」
「病の気配って……」
気配というものは、こんな風に強引に探り出すものなんだろうか。
「やだっ、ああっ、はらいど……!」
詩の目尻から涙がこぼれる。
とんでもないことをされているという衝撃と、人に見せない部分を探られる恥ずかしさと。それから性感までをも刺激され、ワケがわからなくなっていた。
「詩、大丈夫だ」
祓戸がなだめるようにキスをする。
「キスとかっ、ダメだって、言ってるのに!」
詩は泣きながら彼にしがみつき、たまらずに唇に吸いついた。
その間も祓戸の手は詩の中を蹂躙 し続ける。
腹の中をぐるぐるとかき回し、それから彼の手が何かをつかんだ。
「ああっ!」
腹の中心から爪先に向け、鋭い痛みが駆け抜ける。
癒着したものを引きはがすようにして、彼の手が何かを宙に持ち上げた。
「エェッ……!?」
思わず乾いた悲鳴が漏れる。
祓戸の取り出したそれは、どくどくと脈打つ赤黒い物体だった――。
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