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第31話 少名毘古那の神⑤ハンバーガーとサイドメニュー

「そんなことより、おなか空かない!? ハンバーガー食べようよ」  詩が頭上にある看板を指さす。  ここは建物の2階がハンバーガーショップになっていて、そこへ続くのぼりエスカレーターが道から見えていた。 「ええ……、ハンバーガーって気分じゃないんだけどな……」  DK神は乗り気じゃないみたいだ。  そのくせ詩が行こうとするとついてくる。 「僕はなんにしようかな?」 「オニーサンが行くなら僕も行く!」 「買ったら公園かどこかで食べない?」 「そうだね、僕もにぎやかすぎるのは好きじゃないから外がいい」  とりあえず、彼の気を逸らすのには成功したみたいだ。 「祓戸もおいで」 「俺も……!? 仕方ねーな……」  和装男子の方は不可解そうにしていたが、保護者の顔でついてきた。  * 「僕は、ビッグチーズバーガーとポテトとチキンとー……」  財布を開く詩の隣で、少名毘古那が次々と注文する。 「結構食べるんだね? 育ち盛りなのかな……」 「……え、オニーサン僕がいくつだと思ってる?」 「そういやここ数百年で、だいぶ背が伸びたよな」  祓戸が子供にするみたいに頭をぽんぽんとなでた。 「からかわないでよ。……そうだ、限定のチョコパイも注文しとこっかな♪」 「詩、俺の分は適当に頼んどいてくれよ」 「うん」 「なるべく肉っぽいのを」 「……え、肉? 了解」 (ハンバーガーだから、だいたい肉なんだけどね……)  さっきは戦争だのなんだのと言っていたくせに、どっちの神も食べものを前にしたら穏やかみたいだ。 (ここに連れてきてよかった)  ほっとしていると……。 「お会計4千200円です」 「えっ、よんせん……!?」  レジに表示された金額を見て、詩は心の中で悲鳴を上げる。 「ねえ……、神さまって食べなくても死なないんだよね……?」 「そうだな」 「そうだよ」  祓戸と少名毘古那がほぼ同時に返事をした。 「そうかー……」  しかし自分から誘ったんだから文句は言えない。 (必要経費、必要経費……!)  自分に言い聞かせる詩のそばで、ふたりがまたわいわい言っている。 「あ、来た来た、僕たちの分! 3人分ってすごい量だね」 「半分はお前の頼んだものだと思うけどな……」 「なんか言った?」 「だいたいお前、ハンバーガーの気分じゃなかったんじゃ……?」 「ハンバーガーは1コしか頼んでないし! あとはサイドメニューだし!」 「サイドメニューねえ」 「あーもー。他のお客さんにご迷惑だから行くよ?」  詩はいくつもある袋を抱えると、ふたりを急かして店を出た。  *  それから駅ビルのそばの公園にテーブルを確保し、3人はごそごそと紙袋を開いた。 「疱瘡さんもいればよかったのに……」  詩がふと思い出して言うと、祓戸が答える。 「そういやあいつ、いつもならどっかのベンチで酒でも飲んでいそうなのにな……」  今日は少名毘古那の神をさけて逃げてしまったのか、いつもの駅前広場にも疱瘡の神の姿はなかった。 「なに、オニーサンあいつがお気に入りなの? あんなやつ、なんの役にも立たないでしょ」  少名毘古那がケチャップで汚した唇をへの字に曲げる。 「役に立つ立たないで言ったら、確かに役には立たねえな」  ハンバーガーにかぶりつきながら、祓戸も同意した。 「そういう祓戸も大して変わらないけどね」 「うるせーよ」  仲がいいのか悪いのか。祓戸は少名毘古那の方へ、テーブルの上のナプキンをひじで寄せながら言い返した。 (神さまって、役に立つ立たないなのかな?)  人間同士でも、相手が自分の役に立つかどうかはひとつの判断基準なんだろうけれど、当然、損得を越えた(つな)がりもある。 「好きって気持ちだけで繋がっててもいいんじゃないかな……」  ふとつぶやくと、テーブルの向こうのふたりが同時に固まった。 「……え?」 「なんで疱瘡の神? マニアックすぎるよ……」  少名毘古那は若干引いている。 「悪い、今ちょっと……俺の心がその事実を受け止めきれない……」  祓戸はハンバーガーがのどに詰まったみたいに涙目になっていた。 「いや、そうじゃなくて……それは疱瘡さんも好きだけど、今言ったのは一般論としてであって、誰かひとりのことを言ったわけじゃなくて」  なんだか話がややこしくなってきた。 「僕はみんな好き」  そう締めくくると、テーブルの向こうでブーイングが起こる。 「お前も罪な男だなァ!」 「僕はみんなと一緒じゃイヤだ!!!」  神さまというのは、人間の好意を当然のように求めてくる生き物なのか。  ともかく、これ以上余計なことを言うのはやめよう、と詩は思った。  *  それから食事のあと、少名毘古那の神がお手洗いに行ってしまった時のことだった。 「あのさ、詩……」  祓戸が、少し言いにくそうに口を開く。 「疱瘡のやつはともかくとして、少名毘古那のやつはあれでいろんな力を持った神で」 「うん……?」 「商売の他にも農業だろ、酒造りだろ、医療だろ……忘れたけどいろいろと人間に力を与えられる」 「そうなんだ?」  それはすごいことだと思うけれど、祓戸はいったい何が言いたいのか。  ぴんと来ずに聞いていると、彼はこう続けた。 「つまり、あいつのこと(まつ)ってやったら、店は間違いなく(もう)かると思うんだ」 「儲かる、か……」  詩は帳簿の数字を思い出す。 「それはいいことだと思うけど、なんていうか……」 「……?」 「あそこまで儲かるのは何か違う気がするし、僕としては今のそんなに儲からない店でミンくんとあれこれ言い合いながら工夫するのもわりと好きで。祓戸がコーヒー飲みに来てくれるのもうれしくて。だから……」 「だからなんだよ?」  切れ長の深い色をした瞳に見つめられ、詩は唐突に自分の想いを理解した。 「うちの氏神さまは、祓戸しかいない」 「詩……」  小さく息をつく祓戸と目が合った。  その彼に触れたくなって、詩は両手がハンバーガーでふさがっていることに気づく。  するとテーブルの下でつま先が触れ合った。 (あ……) 「今、めちゃくちゃお前のこと抱きしめたい」  同じように両手がふさがっている祓戸が、ため息とともに言ってきた。

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