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第32話 少名毘古那の神⑥タコの滑り台と元カレの話

「結局今日は、保護者付きのデートになっちゃったね……」  タコの形の滑り台の上で、少名毘古那の神が夕日を眺めながら言った。  公園でハンバーガーを食べた後、腹ごなしに近くをぶらっと散歩して、この時間だ。 「保護者って祓戸が?」  確かにちょこちょこ少名毘古那の神の世話を焼いていたけれど、本人に世話を焼かれている自覚があるとは思わなかった。  それできょとんとしていると、少名毘古那の神が聞き返す。 「オニーサンの保護者でしょ?」 「ああ、なんだそっちか」 「そっちって……。他にないでしょ」  詩の意図を察したのか、彼は少しむっとした顔になる。 「まあいいけど。次は保護者なしで会ってくれなきゃヤだからね?」  ちなみにその“保護者”は、詩たちがいるタコの滑り台から見下ろせる場所で、子供たちと追いかけっこをしていた。  祓戸は意外と世話焼きで子供好きだ。 「デートかぁ……」  子供たちと遊ぶ祓戸を見下ろしながら、詩はつぶやいた。 「実を言うともう、君と一緒に過ごすこと自体は構わないと思ってるんだ。けど少し、気になってるんだよね。大国主(おおくにぬし)のことが」 「ああ、その話……」  少名毘古那の声が沈む。 「あんなの全然気にすることないよ。なんていうのかな、自然消滅した元カレ、みたいな感じ? 会ってはいるけど、長いことそういう雰囲気じゃないっていうか……」  口調はあっけらかんとしているのに、話す横顔がどこか痛々しかった。 「神同士っていうのは難しいんだ。何百年って付き合ってたら普通に飽きる。気持ちを繋ぐ努力をするのにも疲れちゃう!」 「疲れちゃうんだ……?」 「オニーサンにはまだわからないか」  確かに、四半世紀しか生きていない詩にはわかりようがないだろう。  でもひとつ、わかったこととして、この少年の姿をした神は“気持ちを繋ぐ努力”をしてきたんだ。それでも相手の気持ちを()きつけられないことに失望している。 「もしかして、僕といい感じになったら大国主が嫉妬してくれると思ってる?」 「……別にっ、そんなんじゃないし……!」  少名毘古那はぷいっと向こうを向いてしまった。 (あー、なるほど!)  詩は気持ちが浮き立つのを感じる。  はじめは手に負えない悪魔みたいに見えたけど、彼はその実、純粋でわかりやすい子なんだと今わかった。 「君ってすごくかわいいね」  思わず本音を漏らすと、少名毘古那はカッと(ほお)を赤らめる。 「なんだよ、かわいいって! 人間のくせに!」 「ふふっ、怒った顔もかわいい」  詩はくすくすと笑いながら、隣にいる神を愛しい思いで見つめた。  それからふと思い立って話しだす。 「人間の僕にも少しは恋愛経験らしきものがあるんだけど……」 「え、それは興味あるな」  少名毘古那が食いついてくる。 「高校の頃、いいなと思ってたお兄さんに告白されて、付き合った」 「へええ……」 「それでね……僕はそれなりに好きだったけど、結局カラダだけの関係で。早々に飽きられて捨てられた。ちょっと心に、傷が残ってる。この話、祓戸には言わないでね?」  祓戸が知ったら、もう何年も前のことなのに、相手に仕返しに行きそうで怖いからだ。 「つまり僕が言いたいのは……」 「僕に、誰彼構わず寝るなって言いたいの?」  少名毘古那の神が聞いてきた。自分から言ってくるってことは、彼にも心当たりがあるからなのか。 「うん。それもそうだし、長く付き合える相手は大切にした方がいいと思う」 「…………」  彼は夕日に照らされながら、じっと詩の顔を見つめていた。  それからぽつりと言う。 「僕がオニーサンのこと、幸せにしてあげられたらよかったのに」  それを聞いてすごくほっとした。 「それができないってことは、君の心の中にはちゃんと大好きなひとがいるんだね」  詩のその問いかけに、少名毘古那の神は恥ずかしそうにうつむいた。

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