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第34話 少名毘古那の神⑧尾行

 改札前の人混みで、ソンミンが手招きする。 「祓戸さん遅いですって! 店長たち行っちゃいますよ?」 「ミンすけお前、尾行にしては声でけえだろ……」  祓戸は呆れながらソンミンのそばまで行った。 「それで詩たちは?」 「あそこです!」  彼の指さす先で詩と少名毘古那が、電車の切符を買っていた。  ふたりで自動券売機を覗き込む姿は、いかにも仲睦まじげだ。 「何やってんだよ少名毘古那のやつ。神に切符は要らねえだろ」  祓戸がぼやいた。 「僕たちは先回りして改札通りますよ?」  ソンミンは定期券をタッチして改札をくぐっていく。  祓戸はその場からすうっと消えて、当たり前みたいな顔で改札の向こうに姿を現わした。それに気づく人間は誰もいない。 「どこいくんだろうな、あいつら。ミンすけ聞いてねーのか?」  祓戸に聞かれ、ソンミンがしれっと答える。 「いえ、それは聞いてません。でも昨日の昼頃店長のスマホを見たら、当日のプランは向こうが考えてるってなってましたよ」 「おい。なんでお前が勝手に詩のスマホを見るんだよ。セキュリティどうなってんだ。少名毘古那のやつも、何スマホとか使ってるんだ。人間か……!」  ぼやく祓戸の隣で、ソンミンは胸を張っている。 「僕は店長のこと1年もウォッチしてますから、スマホのパスワードくらいわかります。あとIT技術は生活を豊かにするものなので、神さまも積極的に使ったらいいと思います。っと、店長たち来ましたよ!」  詩と少名毘古那が改札をくぐってきて、ソンミンたちは柱の陰に隠れた。 「あああっ! なんで手なんて繋いでるんですかあっ!? 僕のてんちょーが!!」  手を繋ぐふたりの後ろ姿を見て、ソンミンが柱の陰で歯がみする。 「落ち着けミンすけ、尾行の意味がなくなる……」  それにしても、制服姿の少名毘古那と手を繋いでいると、詩の方まで男子高校生みたいだ。  キュートなカップルに、近くを通る女性たちがざわめいていた。 「うううう、うらやましすぎる……あそこにいるべきは僕のはずだ……」 「こういうのを見ることになるって、お前だってわかって付いてきたんだろ。耐えろ」  祓戸がこめかみを押さえながら言った。  そもそも、尾行を言いだしたのはソンミンだった。  止めてもデートを強行するらしい詩のことが気になって、祓戸の神に声をかけたのだ。 『祓戸さん、敵は神さまなんですから、何かあったらあなたが戦って店長を奪い返してください! コーヒーチケット10枚あげますから』  そんなソンミンの話に、祓戸が乗ったというわけだ。  祓戸としても詩と少名毘古那のことは心配で、遠巻きに見ているつもりはあったから一石二鳥だ。  ただ、騒がしいソンミンと行動を共にするのは疲れる。  今それに気づいて後悔しかけているところだ。 「行くぞ、ミンすけ。あいつら階段を下っていった」  二人は距離を開けて、詩たちのあとを追った。  *  それから電車に乗り、ひと駅先で詩たちは降りた。 「ねえ。さっきから付いてきてるのって、オニーサンのファンクラブか何か?」  自動改札機に切符を入れながら、少名毘古那がちらっと後ろを見る。 「うちのバイトの子なんだけど、ごめん、ついてきちゃったみたい」  詩は前を向いたまま小声で答えた。 「追い払うのも可哀想だし、そんなことして大人しく言うことを聞く子じゃないから、気づかないフリしててくれる?」 「りょーかい。あああと、気づいてないみたいだけど祓戸もいるよ?」 「え、本当に……?」  少名毘古那の言葉に、詩は思わず振り返る。  が、祓戸の姿は見つからない。 「さすが神さま、気配を消すのがうまいな……」 「人間の子の方が、気配を消すのが下手すぎるんでしょ」  少名毘古那が呆れ顔で言った。 「僕にいい考えがある。オニーサン、ちょっとこっち来て」  改札を抜けたところで、少名毘古那が詩の腕を引っ張る。 「え、何?」 「はいこれ……!」  改札前の柱の陰に連れていかれて、小さな手鏡を渡された。  神さまなのにDKファッションを着こなす彼だ。手鏡を持っているのもさもありなん、といったところか。  思わず感心していると……。 「鏡見てて」  少名毘古那がささやき、詩の(ほお)にキスをしてくる。 (えええっ!? なっ、なになに!?)  声をあげそうになる詩の目の前で、鏡に何か映った。 「祓戸みっけ」  耳元で少名毘古那が笑う。  姿を消して付いてきていたらしい祓戸が、一瞬鏡に映ったのだ。  あとから改札を抜けようとしていたソンミンの方は、動揺のあまり自動改札にぶつかっている。 「僕がオニーサンにこういうことすると、祓戸も動揺するんだね。おもしろーい♪」 「えーっと、僕もびっくりするからやめてくれる?」  彼がまた頬に唇を押しつけてくるので、詩はやんわりと距離を取った。

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