48 / 62

第48話 疱瘡の乱⑧再会と穢れ

 小さな店が軒を寄せ合う飲み屋街は、閉まっている店も多く、通り全体が暗かった。  そんな中、時折見える寂しげなネオンと赤提灯が、異界に迷い込んでしまったかのような雰囲気を醸し出している。 「なあ詩、戻ろうぜ? 病の神だの悪霊だのがウヨウヨいる」  腕を引っ張ってぐいぐい進む詩に、引っ張られている方の祓戸が言った。 「でも、確かめなきゃ……あっ!」  飲み屋の脇の暗がりに、誰か転がっている。  ところが駆け寄ろうとすると、その人は起き上がってふらふらと脇道の方へ行ってしまった。 「ただの酔っ払いだよ」  祓戸が息をつく。 「この先はいかがわしい店しかなさそうだし……」  彼がピンク色の看板を指さした時だった。  ふと覗き込んだ路地裏に、人が倒れているのが見える。  明るい色の髪が汚れた地面に接していた。 「――! 少名毘古那さん!?」  アスファルトを蹴って、詩は駆け寄る。 「マジで少名毘古那なのか……!」 「ううっ……」  倒れていた彼が小さくうめいた。  きれいな髪が、(けが)れを知らない白い肌が、何度も踏みつけられたみたいに汚されている。 「少名毘古那さん! ねえ、大丈夫!?」 「……サイアク……。オニーサンに……こんなカッコ悪いとこ見られるなんて……」  抱き起こすと少名毘古那は、片側の頬だけに乾いた笑いを浮かべた。 「救急車!? じゃなくてこういう時は……」  慌てる詩に、彼自身が教える。 「大国主を呼んで……」 「えっ、大国主さんをどうやって?」 「俺に任せれば大丈夫だ」  祓戸が言った。 「けど何があった、少名毘古那」 「疱瘡の神にやられた……。あいつが持ち帰ったのは、病の神たちだけじゃなかったんだ……」 (それっていったい……?)  少名毘古那は苦しそうに()き込むと、目をつぶってしまう。 「少名毘古那さん……!?」 「悪い、無理にしゃべんな! 俺がすぐ、大国主を連れてきてやるから。行くぞ詩」  祓戸が詩に目配せした。 「ううん、僕は少名毘古那さんを見てる。祓戸行ってきて」 「けどお前……」  祓戸は戸惑うように視線を揺らしたものの、渋々といった表情で頷く。 「わかった」  それから彼は霧のように消えてしまった。  路地裏が重い静寂に包まれる。 (どうして……)  詩は固く目を閉じている少名毘古那を見つめた。 (どうしてこんなことに……?)  前から確執があったにしても、疱瘡の神が少名毘古那にこんなことをするとは思わなかった。信じていた自分が無邪気すぎたのか……。  少名毘古那は眠ってしまったのか、ぴくりとも動かない。  ひざを突いている冷えた地面から、ふいに悪寒が上がってきた。 (怖い……。早く帰ってきて、祓戸……)  詩が自分の中にある恐れを自覚した時――。 (――え?)  暗い路地裏のさらに奥から、ヒタヒタと近づいてくる足音がある。  何か、禍々しいものの気配を感じた。  この冷えた気配を、詩は知っている。 「……疱瘡さん……」  ゆらゆらと揺れながら近づいてきたものが、そこで止まった。 「詩、そいつに触れるな。お前が穢れてしまう」  血の臭いが鼻に届いた。  それから腐ったような臭い。  人の形を取った彼の上を、何かが這い回っている。  恐怖が詩の体を硬直させる。  久しぶりに会った疱瘡の神は、大量の(うじ)と、悪霊と悪臭を体にまとわりつかせていた。

ともだちにシェアしよう!