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第51話 疱瘡の乱⑪要するに可愛い

 黄泉の国というのは、死んでしまった人たちが暮らす国だという。  地底にあるとも、山の上にあるとも言われている。  要するに場所ははっきりしていない。  今、詩たちの住む世界にそんな場所はないから、少なくとも異世界の話なんだけど……。  疱瘡の神が詩の数歩先を歩き続けている。道はずっと下り坂だ。  左右の景色は岩と土ばかりの洞穴だった。  時々広い場所に出たりもするけれど、たいして代わり映えもしない景色が続いていた。 「疱瘡さん、どこに向かってるの?」  聞くと彼は肩越しに振り向いた。 「俺の魂を探しに行くんだろ? イザナミのところだ」 「……え?」  予想はしていたけれど、詩の足は止まる。  イザナミは夫のイザナギと一緒にこの国と様々な神々を生み出したが、火の神を生み出すときに火傷を負って黄泉の国に隠れてしまった。それから人に死の呪いをかけた。  死の呪いをかけた理由は、夫のイザナギに醜い姿を見られたことへの怒りからだった。 「疱瘡さんに穢れの力を与えて、魂を奪ったのはイザナミなの?」  その質問に、彼はにやりと笑った。 「俺くらい醜いと、イザナミも自分の醜さを恥じずにいられる」  だから黄泉の国に隠れているはずの、イザナミに会えたというのか。 「美醜の問題?」 「というより、劣等感の問題だな」 「劣等感……」  わかる気がする。誰だって劣等感なんか覚えたくない。  見た目だけでなく、自分より恵まれた存在はうらやましくて疎ましい。  さらに蔑まれたり同情されたりするのも嫌だ。  イザナミの場合はその上夫に恐れられ、逃げられていた。  彼女の怒りは察するにあまりある。  黙ってしまった詩を見て、疱瘡の神が続けた。 「俺はもともとイザナミ側の人間だ。醜くて、人目を恐れて生きている。醜いのは見た目だけじゃない、精神もだ。こういうしょうもないやつに構いたがるのは、詩、お前の悪い癖だ」  本当にそうなんだろうか。 詩は彼の言葉を、どうしてかそのまま受け入れる気持ちにはならなかった。 「それはたぶん違う」 「……違う? 何が違う」 「疱瘡さんがたまに自分から会いに来てくれたり、普段見せない笑顔を見せたりするから……」  詩としては同情で構ってるんじゃない。気になる相手だから反応が欲しいんだ。 「笑顔が見たいって思っちゃう」 「つまり、俺のせいだっていうのか?」 「そうだよ」 「は……?」  疱瘡の神は驚いた顔をしていた。 「でも、そのことで疱瘡さんを責めたいんじゃなくて。僕が思うに……」 (……ああ、そうか)  話しながら、詩は気恥ずかしい結論にたどり着いてしまった。 「僕が思うに、これってただ、お互いに()かれてるだけじゃないかな」  詩は彼のことが気になって、構われた方の彼も詩をさらってしまうんだからそういうことだ。 「あのな、お前、目ェ見えてるのか!? 俺はイザナギの(みこと)なら走って逃げるくらいひどい格好をしている」  確かに今、疱瘡の神は(うじ)とへどろと悪臭にまみれている。  生理的に嫌悪感を抱くのも、人の生存本能からいって致し方ないように思えた。 「それは、お風呂に入った方がいいと思うけど。人の世界には、あばたもえくぼっていう言葉があって……」  詩は蛆に触れないように気をつけながら手を伸ばした。 「要するに、疱瘡さんは可愛いよ」  頬をなでると、彼はその場に固まってしまう。  それから悲鳴のような声を漏らした。 「――おまっ、気は確かか!?」 「ははっ……。こんなところに来ても一応、精神の安定は保ててるつもり」 「はぁ……魂がなくてよかったぜ。口から飛び出るところだった……」  疱瘡の神はよくわからないことを言いながら、早足で先に行ってしまう。 「あっ、待って疱瘡さん」  詩はまた彼を追いかけた。

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