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第52話 疱瘡の乱⑫魂のかたち

「疱瘡さーん」  前を歩く疱瘡の神の足取りは速かった。 「なんだよ?」 「ちょっと待ってよ」  しかし彼は歩く速度を緩めない。その上、振り向きもしなかった。 「勝手にゆっくり歩けばいいだろう。俺も置いていったりはしない」  疱瘡の神の背中が言う。  それで詩が試しに歩む速度を落とすと、彼は距離を保ちながらも同じだけ歩く速度を緩めた。  こっちを見ずにそんなことができるなんて、どれだけ後ろに神経を使っているのか。だったら一緒に歩いてくれたらいいのに……。  それから詩は気づいた。 「もしかして、僕と並んで歩くのがイヤ?」 「面倒くさいこと言いだすなよ」  さらってきておいてそれはない。でも彼は照れているだけなのかもしれない。  詩は仕方なく、その微妙な距離を受け入れた。  そんな時、耳元でささやき合うような声を聞く。 「……*$%’@?……」 「……えっ? 何?」  辺りを見回すが、周囲には相変わらずゴツゴツした岩肌しか見えなかった。  疱瘡の神が渋い顔で振り向く。 「詩、耳を貸すな」 「でも疱瘡さん、今の何……!?」 「生きた人間がいるって、死んだ人間の魂たちが騒いでる」  生きた人間、それは詩のことだろう。 「え、どうしたらいいの?」 「やっかまれて、命を取られても面倒だ。無視するに限る」 「ちょ……疱瘡さん! 怖いからそばに行かせてよ! 生きたまま連れてきたのは疱瘡さんなんだから」 「仕方ねえなあ……」  詩は数歩先にいる彼のところまで駆けていき、無理やり腕をつかまえた。 「怖いならいっそ俺が殺してやろうか?」  疱瘡の神は真顔で恐ろしいことを言う。 「やめてよ、そういうこと言うの……」 「お前が死んだら、俺はお前を現世に帰す手間が省けていいかもな」 「つまり、帰す気なんだよね?」  聞くと彼は肩をすくめた。 「さあ? その時の気分次第だ」 「ええ……もう。僕は帰ってコーヒーが飲みたいのに」  こんな場所に連れてこられておいてなんだが、ここは彼の良心を信じるしかない。  良心……あれ? そういえば魂がないなら、良心もないってことになるんだろうか? (疱瘡さんの魂、なんとかして取り返さなきゃ!)  そんな時だった。  見晴らしのいい場所に差しかかり、二人は大きな岩山の前に出る。 「ここ……」  岩山の真ん中にはくぼみがあり、そこをまた別の大きな岩がふさいでいた。  周囲でさっきみたいにささやき合う声がする。 「イザナミの(ほこら)だ」  疱瘡の神が辺りに視線を走らせた。 「ここがイザナミの……」 「けど、あいつは不在みたいだな。手下どもの数が少ない」 「手下?」 「死んだ人間」 「ああ……」  詩の目には見えない彼らのことなのか。 「俺の魂はおそらくこの祠の中にある。俺は周囲を見張ってるから、詩は行きたければ中へ行け」  疱瘡の神が大きな岩に手をかけた。  とても人の手では動かせないだろう大岩が、音を立てて動きだす。だがそれも少しの間のことだった。  なんとか人ひとり通れそうな隙間を開けたところで、疱瘡の神が詩を見る。 「……詩、早く……!」 「……っ、わかった!」  詩は自らの体を岩の隙間に滑り込ませた。  中は真っ暗で、何がどうなっているのかわからない。 (疱瘡さんの魂はどこ……!?)  手の届く範囲の岩壁をなで回す。  手に何かが当たった。 (これは……?)  なんだかわからないものを触るのは怖い。手に感じるひとつひとつの感触に、冷や汗が出る。  それから詩は、疱瘡の神の魂が、どんな形をしているのか知らないことに気づいた。 「ねえ、疱瘡さん!? 魂ってどんな形しているの?」  入り口をふさぐ大岩に向かって話しかけるが、答は返ってこなかった。  疱瘡の神は周囲を見に行ってしまったのか。 (どうしよう……)  すぐ近くで何か動く気配がしてドキリとした。  けれどもそれは羽虫か何かのようだった。 (怖い、けど頑張らなきゃ!)  そんな時、手が濡れた何かを握った。

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