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第61話 番外編:メリークリスマスの牛⑥クリスマスディナー付き宿泊プラン
「ミンくんが4つに少名毘古那さんも4つ。僕が7個作って、残り15個かあ……」
カウンターに並ぶ牛のぬいぐるみを指折り数え、詩はため息をついた。
あのあとソンミンが目を覚ましたけれど、これ以上働かせるのはよくないと思って帰ってもらった。
「まあ、お正月まではあと1週間あるし。なんとかなるよね?」
他に誰もいない店内でひとりつぶやき、詩は次のぬいぐるみに取りかかろうとする。
その時気づいた。
(あれ、干支ぬいぐるみキットが少なくない?)
計算上は残り15個入っているはずの段ボール箱の中身が、2個だけになっている。
考えてみると祓戸が作りかけのものがひとつあったはずだが、それを差し引いてもやはり足りなかった。
(どういうこと!?)
詩は考えを巡らせる。
それからもしやと思い店の奥にある自宅に向かうと、リビングから声が聞こえてきた。
「ホントお前上手いなあ」
「別にこんなの病の神でもできる。それよりお前も黙って手を動かせよ」
「へいへい」
「……はぁ、さっきから何見てる?」
「だってさ、お前が働いてるところなんて千年単位で見てねえぞ」
「詩のために働けって、そっちが言ったんだろうが……!」
二人はリビングテーブルで向かい合い、ちまちまと針を動かしていた。
「祓戸、疱瘡さん……」
廊下から声をかけると、二人がぱっとこっちを向く。
「……ああ、詩。牛のぬいぐるみできてんぞ」
「ありがとう。こっちで作ってくれてるって知らなくて、びっくりした……」
「ほとんど疱瘡が作ったんだけどな。疱瘡が8個で俺が3つか?」
そんな祓戸の言葉を疱瘡の神が訂正する。
「こいつも完成した。俺の作った分はこれで9個だな」
「ありがとう、疱瘡さん」
テーブルの上のものを手に取ってみると、出来映えも申し分なかった。
「疱瘡さんって器用だったんだね」
「酒飲んでなければな」
祓戸がにやりと笑った。
「それであと何個作るんだ?」
「えーと……、あと3つ?」
「んじゃ、3人で1個ずつ作ってお終いか」
「うん……!」
それならすぐだ。詩はほっと気持ちが軽くなるのを感じた。
「本当にありがとう! おかげでお正月までゆっくり過ごせるよ」
「ああ、よかった。けど、今夜のクリスマスデートは疱瘡のものなのか?」
「えーと、うん」
数的に言えばそのはずだった。
「そうか。疱瘡お前、分かってると思うが、詩に変なことしようとしたら許さねえからな!?」
祓戸が念押しする。でも行くなとは言わないみたいだ。
この前は疱瘡の神のせいで、詩を黄泉の国まで助けに行くことになってしまったのに。
それを考えると祓戸は優しい。
ところが疱瘡の神は首を横に振った。
「俺はいい。疲れた」
「は……?」
「詩はお前の氏子だろ? お前が勝手にお守 りすればいい」
疱瘡の神は最後のぬいぐるみを作り終えると、欠伸 をしながら消えてしまった。
「えーと……、逃げられた?」
「いや、あれは俺に譲ったんだろ。疱瘡のくせにカッコつけやがって」
そして今ここには、詩と祓戸だけが残されている。
「今日はにぎやかだと思ったが、なんかいつも通りだな」
祓戸はすっかりリラックスした顔になっていた。
「ふふっ、そうだね」
それから詩はふと気づいて切り出す。
「あ、それで今夜のデートなんだけど……」
「ああ、そうだな、どうする? どうせだからなんか食いに行くか? 俺はどっちでもいいが」
祓戸の視線を受け、詩はポケットからスマホを取り出した。
「実は、少名毘古那さんが僕の名前で勝手にホテルを予約してて……」
「ホテル!? ん、でも少名毘古那は? あいつどこ行ったんだ?」
「大国主さんに呼ばれて行っちゃった。だからね、祓戸……」
言葉が続かず視線で訴える。
「『クリスマスディナー付き宿泊プラン、カップルで過ごすスイートなひととき』……」
画面の文字を読み上げ、祓戸がまた視線を上げた。
「もしかして行きたいのか? 詩は……」
「当日のキャンセル料は100パーセントなんだって」
「なるほど……」
「……というのは口実で、祓戸となら行きたいなって今思った。だって僕たち、その……」
ずっと好き同士なのに曖昧な関係のままだ。
こんな機会でもないと先に進めない。
そもそも、住む世界が違う者同士だから……。
でも、もっと近くに行きたい。
それを伝えたいけれど、気恥ずかしくて上手く言葉にできなかった。
祓戸が片手で口元を覆った。
「なあ詩……俺も二千年生きてるが、人間からホテルに誘われたのは初めてだわ!」
「僕だって25年生きてて初めてだよ! でも、祓戸と初めてのことがしたい」
「初めて、か……。お前なー、この無自覚が!」
笑いながら乱暴に髪をなでられた。
「……いいんだよな?」
「いい」
「わかった、全部お前の望み通りにする」
ふわっと抱きしめられる。それから頭の上にあたたかなキスが降ってきて……。
「祓戸……」
見上げると、今度は唇同士が合わさった。
「詩……」
「うん」
「愛してる」
それから甘いため息とともに、すっと体が離れる。
「……?」
「そんな目で見んなよ。くっついてるとこのまま押し倒したくなる……。けど、この先は夜までお預けだな。ぬいぐるみ作りの続きがある」
「続き……。うん、そうだね!」
リビングのテーブルに向かい合って座った。
二人で過ごす部屋の空気があったかい。
そして生クリーム入りのカフェモカよりずっと甘い夜、二人はついに思いを遂げたのだった――。
<番外編:メリークリスマスの牛 おしまい!>
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