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《another story》ラブレター。

「再婚して椎名 律さんの弟さんになった2年生って君のことだよね?」 「はい」  ここは裏庭。  でもって今は放課後。  俺は一人の男子に呼び出された。  呼び出された内容は知っている。  たぶん――。 「僕3年の木下っていうんだけど、これ、律さんに渡しておいてもらえるかな?」  木下先輩はそう言うと、ブレザーの内ポケットから一通の手紙を俺に差し出した。  表には"椎名 律さんへ"と書かれてある。  ああ、まただ。  今日だけでいったい何人になるだろう。  やっぱり。  律さんに宛てたラブレターだった。  俺が律さんの義弟になってからというもの、こうやって授業の合間なんかに呼び出されてラブレターの橋渡しを頼まれる。 「……ふ」  俺は木下先輩に気づかれないよう、こっそり息を吐いた。  木下先輩は俺よりもずっと細身だ。艶のある地毛の茶色い髪は天使の輪まである。二重の目もぱっちりしてて、美容にも気をつかっているのかな、肌は白くて毛穴が見えないくらいすべすべだ。まさに守ってあげたくなるような可愛い系。  正直、律さんが俺のどこを好きだと思ってくれているのかさっぱりわからない。  身長は男子の平均よりもちょっぴり低めだけど可愛くはない。  目付きは悪いし、毛先はクセ毛でぴょこんと外に向かって跳ねている。肌の手入れもしてない。がさつで口が悪くて……。  そりゃね、父さんがこの世を去ってから母さんとふたりで必死に生きてきたんだ。家計を助けるためにアルバイトもしたし、成績も常に上位をキープした。だから肌の手入れとかそういうエチケットなんて気に留める時間すらなかった。  だけど……。  俺って性格だってあまりいいとは言えない。  そんな俺を、律さんは好きだって言ってくれている。  今はまだ――……。  こういう可愛い系の人を見ると、やっぱり俺なんかが律さんの恋人でいいのかと疑ってしまう。  俺は律さんに相応しくはない。  どうしてみんな俺を頼るの?  俺だって律さんが好きなのに……。  正直、木下先輩ほどのルックスなら俺なんかより律さんとずっとずっと両想いになる確率が高い。  ふたりが付き合えばすごく絵にもなる。  そう考えた時、俺の心の中に黒雲が現れるんだ。  俺と律さんとじゃ、どう考えても釣り合いが取れない。  苦しい。  悲しい。  悔しい。  でも――……。  それでも……。 「ごめんなさい! 俺も義兄さんのことが好きなので受け取れません! ご自身でお渡しください!」  木下先輩が何か言おうと口を開くのを見た俺は、何か言われる前にそそくさと逃げる。  きっと俺が断ったから、木下先輩は律さんに告白するだろう。  その時、俺の恋も終わるかもしれない。  だって、俺よりもずっとずっと可愛い人を目の前にするから……。  お別れかもしれないと思ったら、胸がズキズキする。  泣かないように唇を引き結んで大股で裏庭を抜ける。  ――時だった。  ガサッ! 「ふわわ!!」  俺の体がふいに植木の茂みがある方に引っ張られた。  そうかと思えば、力強い腕が俺の体を包み込む。  俺と同じ、ミントのシャンプーの匂い。  このぬくもりも知っている。 「律さん!?」  驚いて顔を上げると、目の前にはキラキラフェイスの律さんが立っていた。  チュッ、チュッ。  俺の旋毛とか頬に啄むようなキスが降ってくる。  律さんには両想いになってから何度もこうやってキスされてるけれど、今も恥ずかしい。  顔が熱くなる。 「嬉しい。告白の橋渡し、断ってくれたんだね」  ドキッ!  さっきの、見てたのッ!? 「み、見てたの!?」 「うん、楓が泣きそうなところも全部。どうせ楓は、『自分を振ってあの人と付き合うんだ――』とか思ったんでしょう?」  うっ。  図星だ。  何も言えなくて黙っていると――。 「それでも断ってくれたのが嬉しい」  律さんは一度にっこり微笑んで、話を続ける。 「自分の気持ちに正直で健気な楓が好きだよ。何があっても放さないから覚悟してね」  放さないなんてセリフがすごく嬉しい。  律さんは俺が何を不安に思っているのかとか、  どうやったら俺の不安を解消できるのかとか、    全部全部知っている。  律さんの言葉で俺の中にある黒雲が一気に消えていくんだ……。 「……ッツ!」  どうしよう。  嬉しすぎて涙が止まらない。 「おれ、律さんが好き……」 「うん」 「好きなの……」 「うん」  律さんはその日。俺が泣き止むまで、ずっと抱きしめたまま、何度も頷き続けてくれたんだ。 **END**

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