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「やっぱ所詮、女は顔かぁ」  昼になって、 理科室の掃除をしていると和樹が箒に顎を乗せながら盛大な溜息を吐いた。  午前中いつも閑散としている職員室前にうわさを聞き付けた生徒が集結し大変なことになっていたそうだ。  そのほとんどが女子で、中に入れない先生たちが困り顔で立ち尽くしていたって、職員室前を通りかかったダチがそう言っていた。  今日一日、学校全体がアキラの噂で持ち切りだ。まぁ、外見だけなら芸能人張りのカッコよさだし、いかにも年頃の女子が好きそうな顔だから騒がれるのも無理はない。   ま、俺には関係ないことだし。アイツには出来ればあまり関わりたくない。 「あーぁ。オレもイケメンに生まれたかったなぁ」 「そう?」  和樹のボヤキが静かな室内に響いて、改めて和樹を見てみた。  程よく丸みを帯びた短めの髪。毎朝ワックスを付けてから来ると言っていたけど過度すぎずナチュラルに仕上がっている。モテ髪を意識したんだろうなってオシャレにあまり興味がない俺でもわかる。まぁ和樹の場合、元々童顔だからカッコいいって言うより可愛い雰囲気の方が勝っているような気もするけれど。  体格に恵まれているユキと違ってどちらかと言えば華奢な方だから益々そう感じるんだろう。  とにかく、イケメンには程遠いところにいるのは確かだ。 「けど、和樹は女子の友達も多いじゃん」 「そうだけどさ……やっぱモテたいし」 「ははっ、結局そこに行きつくんだ」 「当然っしょ! 拓海だって可愛い彼女とエッチなことしたいと思うだろ?」 「っ! べ、別に……思わないよそんな事っ」  エッチなことと言われて、瞬時に先日の光景が頭に浮かんだ。鼓動が一気に跳ね上がって体温が上がる。 「お? なんだよ赤くなって、何想像した? もしや拓海、むっつりかぁ?」 「なっ!? ち、ちがっ……!」  にやにや笑って顔を覗き込んで来るから、慌てて否定しようとしたその時。何やら廊下をバタバタと走る足音が響いてきた。 「なんだ?」 「さぁ?」  ひょっこりと音がする方を覗いて見れば、同じ掃除場所担当の女子2人組がこちらに向かって戻ってくるところだった。 「あ、いたいた。鷲野君。 マッスーが探してたよ」 「えー? マッスーが? なんだろ」 「どうせ、またくだらない悪戯でもしたんでしょ」  半ば呆れ口調の女子に向かって和樹が「今日はまだなんもしてねぇよ!」と、ツッコミを入れる。  今日は、と自分で行っちゃうところが和樹らしい。 「行って来たら? 片付け俺がやっとくし」 「はぁ、やだなぁ……。行きたくないけど、仕方ないか」 「おぅ、頑張って怒られて来い」 「だからさ、本当に今日はなんもしてないんだって!」  ぶつぶつと文句を言う姿に、小さな笑いが起きた。  渋々職員室へと向かう背中を見送った後、「ごみ捨て行ってくるねー」なんて軽い口調で出ていく女子。  一人きりになった空間で、俺は小さく息を吐いた。  今日一日、色々なところでアキラの話題を聞いた。そのたびに胃の辺りがムズムズしてなんだか落ち着かない。  もう2度と会うこともないと思っていたのによりによってウチの学校にやってくるなんて。ただの偶然だろうか、それとも――。 「相変わらずシケた面してんなぁ」  箒を用具入れに片していると、突然背後から声を掛けられた。 「ぅぁっ、み、耳元でしゃべんなっ!」  腰に響く低い声が耳の近くで発せられて、耳を押さえて危うく持っていた箒を落としそうになった。この間の出来事を思い出させるような声に背中がぞくっとする。 「……何か用?」  耳を片手で抑えながら睨みつけると、形のいい眉を寄せておお怖いとでも言わんばかりに肩を竦めた。 「つれないな。ちゃんと掃除してるか見回りしてるだけだよ。他の奴らは?」 「和樹は呼び出し。他二人はごみ捨てに行きました」 「ふぅん、じゃぁしばらくは戻ってこないわけか……」  ニヤニヤしながらアキラが近づいてくる。いやな予感がして一歩後ずさったが、後ろは掃除道具入れで逃げ場がない。 「今日は、女装してないんだな」 「んなっ!?」  唐突に言われて一瞬言葉を失った。俺の反応なんて予想の範囲内だったんだろう。したり顔で間合いを詰めてくる。 「似合ってたのに、残念」 「似合うわけ無いだろっ! 俺にそんな趣味はねぇよ! 馬鹿っ!!」  思わず声を荒げてしまった。そんな俺を見てアキラが笑みを深めた。 「ふはっ、相変わらず威勢がいいな。そんな警戒すんなよ。意識してるのか?」 「はっ!? んなわけ無いだろっ! ばっかじゃねぇの?」  コイツの思考回路は一体どうなっているんだ。 何処をどうとったらそんな風に思えるのか理解に苦しむ。 「シッ、声がでかいって。誰かに聞かれると面倒だろうが」 「誰のせいだよっ」 「ハルがオレを意識しすぎてるせい。だな」 「俺はハルじゃねぇっ! そして意識もしてないっ!自意識過剰すぎんだろっ」 「ハハッ、まぁ、校内で何かする気はないから安心しろ」  腕が伸びてきて頭を撫でられそうになり咄嗟にそれを手で振り払った。子供扱いされんのは好きじゃない。 「それを俺に信用しろって?」 「こんなところで教師が問題起こしたらまずいだろうが」 「……この間のアレを俺が訴えたらどうするんだよ」 「ハルはそんなことしない。断言できる」 「……」  余裕の笑みが気に入らない。写真撮られているし、女装もしてたし、俺にとって事を大きく出来ない理由が沢山あることが分かっているのだろう。  「あんたみたいなのがなんで教師やってんのか、わかんねぇよ」  とてもじゃないけど信じられない。そう言うとアキラが「だろうな」と小さく呟いた。  だって、俺にあんな事したヤツが教師だったなんて、やっぱり信じられないし、信じたくない。  あんな事、の中身を思い出してしまい思わず眉間に皺がよる。消してしまいたいのに、なかなか消えない記憶。  その元凶が、今教師として俺の目の前に居る。受け入れがたい現実はひどく憂鬱で、心の奥底に澱のようなものがずっしりと溜まっていくような感覚を覚える。  「――なんであんた、この学校に来たんだ?」  担任の須藤が産休に入るのはちょうど四月に入ってからだから俺たちが一年の間は大丈夫だって話だったのに。  ただの偶然か、それとも……? 「――お前にもう一度会いたかったんだ、って言ったら、どうする?」 「…………は、ぇっ!?」  ふっ、と頬に手が触れた。あまりにも予想外の言葉に今度は手を振り払う事が出来ずに固まる。  鋭い眼差しは真剣で、心臓がバックンバックンと激しく脈打ちだす。  あまりに唐突な告白に頭の中がパニックだ。  俺に……会いたかったなんて、そんな……。 「嘘だろ!?」 「あぁ、嘘だ」 「え」  さらりと言われ、目が点になった。 「ここの学校は美人が多いって有名だからな。前から目をつけていたんだ」  ニヤリっ、とアキラが意地悪な笑みを浮かべる。 「大体、お前がこの学校にいるなんて知るわけがないだろう? 単なる偶然だ」  まぁ、冷静に考えればそうだろう。 どんだけ自意識過剰なんだよって感じ。  って、言うか! 美人が多いから前から目を付けてって……。もしやソレが目的でウチの学校に!?  ……信じられねぇっ! 「お前は俺に再会して嬉しそうだし、よかったじゃないか。なんならいつでも相手してやるぞ」 「嬉しいわけないだろこの淫行教師っ!! 誰がお前なんか……っ!!」  全てを言い終わる前に頭をふわり、と撫でられた。  そしてまた意地悪な笑みを浮かべながら、そのまま教室を出て行ってしまった。  アキラって、アキラって……っ。やっぱとんでもないエロ教師だ。  遠くでチャイムの鳴る音を聞きながら呆然と立ち尽くす。  あんなのを野放しにしていていいわけがない。アイツとは出来る限りかかわらないようにしよう。

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