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2月に入ると、何処となくみんなソワソワして落ち着かない日々がだんだんと増えてくる。
俺にはあまり縁の無い話だけれど、バレンタインデーと言う一大イベント? を控えて女子たちは手作りチョコや人気店の新商品情報の共有に忙しい。
それに加えて冬のスキー研修旅行が被っているから、最近はみんな一日中その話題で持ちきりだ。
和樹なんて、最近は予習と称してスキーの動画やDVDを観まくって、そこで得た知識をあーでもない、こーでもないと俺達に説明してくる。
ユキは小さいころよく両親に連れて行って貰っていたらしいから、きっとサクサク滑れちゃうんだろう。
「いいか、拓海。ゲレンデマジックを狙えば、俺達にもワンチャンあるかもしれない!」
「ゲレンデマジックって……いや、無理だよ。そもそも一回も滑ったことないのに」
「体幹しっかり鍛えてイメトレしていけば大丈夫だって」
イメトレで何とかできるようなモンでもない気がするけど。
「そんなんじゃモテねぇぞ」なんて言われるけど、余計なお世話だ。どう頑張っても俺は雪哉みたいにはなれないし、女子の自分に対する評価なんて嫌っていうほどわかってるからいまいちテンションは上がらない。
まぁ、学校行事とはいえスキー旅行は楽しみではある。うちは典型的なインドア派だから、ユキの家が旅行に行くたびに羨ましくて、一度でいいから行きたいとせがんで親を困らせていたのをよく覚えてる。
そう言えば、そろそろ必要物品を揃えなくちゃいけない。厚手の靴下はまぁどうにかなるにしても、防水機能付きの手袋とか、帽子とかも必要だと書いてあった。そもそも俺はスーツケースを持っていない。
ざっと考えただけでも結構買いそろえなければいけないものは多そうだ。
色々な事に考えを巡らせながら、冷蔵庫のように冷え切った室内の明りを付ける。雑然とした部屋を見渡しながら、あまり変わり映えしない景色に思わずため息が洩れた。
「なぁ、なんで俺なわけ?」
「何が?」
資料室での出来事から一週間。 俺はなぜか放課後に、この部屋の整理(と言うか大掃除)を手伝わされる事になってしまっている。
決して好きでやっているわけではない。アキラ直々のご指名で、もし断ったら例のアレをバラされそうだから仕方なく、だ。
「俺なんかより取り巻きの女の子達に頼めばいいじゃん。アンタと一緒に居れるんならきっと大喜びでやってくれるんじゃないの?」
アキラから受け取った本をあいている棚に戻しながらちらりと視線だけを向けて、ここ数日気になっていたことを聞いてみた
整理整頓なら女子の方が断然得意なはずだ。元々そこまで几帳面な性格ではないし、 俺だったらこんな埃っぽい部屋で野郎と顔合わせて毎日掃除するなんて出来れば遠慮したい。
それよりも、可愛い女の子と一緒にやった方が作業効率がいいような気がする。
「ハルとやった方がはかどるからな」
「なんだよそれ。そんなわけないじゃん」
現に一週間経つけれど一向に終わりが見えてこない。数は減ったものの相変わらず床には段ボールが積み上げられているし、カビや埃まみれで使えない本なんてまだまだ沢山ある。
「女子と2人きりだと色々と面倒なんだよ」
「……それって、ラッキースケベ的な?」
「まぁ、そんなとこかな」
「いいじゃんラッキースケベ。つか、女の子大好きな変態のくせに」
「御幣のある言い方をするな。ぐいぐい来る女は苦手なんだ」
「出会い系で女漁りして、初対面なのにホテル連れ込んじゃう男が何言ってるんだよ」
「ハルは清楚系で可愛かったからな。ベッドの中でエロいのは大歓迎」
「な……ッ!」
嫌味を言ったつもりだったのに、にやりと笑われて言葉に詰まる。言いたいことは山ほどあるのにどれも言葉にならなくて唇が僅かに震えるのみだ。
「もうちょっと色気があったら最高だったんだけどな」
嫌な予感がして距離を取ろうとしたけど遅かった。すくっと立ち上がったアキラが近づいてきて、退路を塞ぐような形で俺の頭上に手を突く。
じりっと間合いを詰められ、冷たい指先に顎を持ち上げられ息が詰まる。じっと見つめられればあの日の事を嫌でも思い出してしまい自然と頬が熱くなっていく。
「っ、つか、近いっ! 馬鹿な事ばっか言ってないで早く片付けろよっ」
これ以上相手のペースに乗せられたら駄目だ。熱くなった頬を誤魔化すように顔を背け両手でアキラを押し返えした。
「疲れたから、ちょっと休憩な。――それより、もっと楽しいことしようぜ」
息を吹き込むように耳元に顔を寄せて甘く囁かれ、ぞくっと背筋が粟立つ。
「な、何を馬鹿な事……ッ」
「――あー、やっぱ此処にいたか」
突然ドアが開いて、呆れたような声が淀んでいた空気に割って入った。
聞き覚えのある声に視線を向けると、 入り口に凭れるようにして増田センセが立っている。
一瞬ホッとしたものの、ふと我に返る。この状況、誤解されてもおかしくないんじゃないだろうか?
アキラとおかしな関係だと思われたら困る!
「お、オレっ今日は――っ」
「……透。なんだよ、今いいとこなのに」
「お前なぁ、学校で不純なコトしちゃまずいんでないの?」
「ちょっ、誤解だってば! って、言うか俺達そんな関係じゃ……っていうか……その……」
居た堪れなくて逃げだしたくなったけれど聞き捨てならない会話に思わず口を挟む。
じゃぁ、どんな関係なんだよ。と、言われたらそれはそれで直ぐには答えられないけれど。
俯いて口籠った俺を見て、アキラがプッと吹き出したのが分かった。それと同時に、増田センセが扉を押さえたまま笑いを堪えて居ることに気付く。
あれ? いま俺、何かおかしな事言った?
「なんか、お前が渡瀬の事気に入ってんのわかった気がしたわ……オレもハルって呼ぼうかな」
「それはだめだ!」
固い声が響き、唐突にぐいと肩を引き寄せられた。避ける暇もなかった。
「こいつを呼んでいいのはオレだけだ」
「ハイハイ。わかってるって」
いやいやいや! そもそも俺はハルじゃないからッ! ていうか、何その宣言! センセも簡単に納得しすぎだろっ!
色々とツッコミどころが多すぎてもう、何処から突っ込んでいいのかわからない。
「それより透。オレになにか用があったんじゃないのか?」
「やべ、うっかり忘れるとこだった。お前、スマホ持ち歩けっていつも言ってるだろ。今度の研修旅行の件で確認したいことがあってさ、探してたんだよ」
「悪い。カバン中突っ込んだまんまだ」
この二人、前から思ってたけど仲がいいんだな。
って、言うか増田センセの事”透”って言った?
なんだろう。透って珍しい名前ではないと思うのに、なぜか妙に引っかかる……。
「悪い、ちょっと行ってくるから、今日はそのまま帰っていいぞ」
「あぁ、うん」
ひやりとした手が俺の頭をぽんぽんと撫でて、申し訳なさそうに部屋を出ていく。
急に静かになった資料室の壁に凭れふと窓の外を見た。まだ明るい体育館からジャージ姿の部員たちがチラホラと出てくるのがわかった。もしかしたら、ユキもあの中にいるかもしれない。
「はぁ、帰ろ……」
電気を消して部屋を出る。さっきまでオレンジ一色だった空はいつの間にか藍色に染まり、綺麗に半分に分かれた月が煌々と辺りを照らしていた。
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