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透き通るほど青い空に、辺り一面に広がる雪景色。あちこちから聞こえてくる仲間たちの楽しそうな笑い声。
ほぼ貸し切り状態だというゲレンデに、学生用に貸し出されたオレンジ色のウェアがよく映えている。
このくそダサい大きなゼッケンだけはいかがなものかと思うけれど、遊びに来たわけではないから仕方がない。
「お、いたいた」
一通りの説明を受け、各自解散となった所でアキラが声を掛けてきた。黒地にグリーンのラインが入ったウエアをスマートに着こなしてはいるものの、中央に《先生》と大きく書かれたゼッケンが中々にダサい。流石のアキラも魅力半減か。
「なぁ、ハル。おれが」
「え、嫌だけど」
「まだ何も言ってないだろ。即答すんなよ」
「何言われたって嫌なもんは嫌だ」
てか、なんで俺がいいって言うと思った!? どうせ、俺が教えてやるから一緒に滑ろうとか、言い出すんだろう? そんなの嫌に決まってる。
「つれないな。おれ上手いのに」
するりと肩に腕がかかり凭れるようにして唇を耳元に寄せてくる。
無駄に低くて艶のある囁き声は今朝の出来事を嫌でも思いださせてしまい、じわじわと顔が火照りだす。
だから嫌だったんだ。今日はアキラとは会いたくなかった。数時間前にあんなことされて平常心を保てるほど俺は大人じゃない。
「手、退けてもらえませんか? 拓海が困ってる」
「!」
不意に肩を強く引かれ絡みついていた腕が外れた。俺を背中に隠すようにしてユキが間に割って入ってくる。
「拓海にちょっかいかけてる暇があったら、他の女子生徒達を教えに行ってあげた方がいいんじゃないですか先生。みんな待ってますよ」
顎でさす先には、遠巻きに俺たちのやり取りを見守っている数人の女子。つか、出待ちかよ! って言う位ソワソワとこちらの様子を伺っている。
「おれが誰と滑ろうが勝手だろ」
「しつこい男は嫌われますよ先生。ほら、拓海行こう」
あまり教室では聞いたことがないような冷ややかな声でぴしゃりと言って、ユキが俺の手を掴んだ。ぐい、と引っ張られバランスを崩しそうになりながらよたよたとついていく。
アキラが何か言いたげな顔で見ていたようだけど、それは敢えて気付かないふりをした。
ストックを小脇に抱えて、板を付けたまま歩くのは至難の業だ。案の定数メートルもいかないうちにユキのスキー板を踏んでしまい、前を行くユキの体勢がガクッと崩れた。
「あ、悪い」
「いいよ。それより、ごめん勝手に連れてきちゃって」
「謝んなくていいよ。むしろ、助かった……」
「そっか。あーぁ、僕も初心者って書けばよかった」
一緒に滑りたかったなぁ。なんて、いかにも残念そうな声を上げてユキががっくりと肩を落とす。
俺だって、本当はユキと一緒に滑りたかった。何人かは仲のいい友達のレベルに合わせるって奴もいるみたいだけど、俺とユキとじゃ天と地ほどの差がある。いや、もしかするとそれ以上かもしれない。
「俺、頑張るからさ……リフトに乗れるようになったら、一緒に滑ろうぜ」
「えっ? うん、楽しみにしとく」
じゃぁまた、後で。名残惜しそうにそう言ってユキはゲレンデの方へと消えていく。
「おーい、拓海。何やってんだよ初心者講習もうすぐ始まるぞ」
「待って待って! 今行くから」
早く来いと急かされて、慣れない足取りで和樹のもとへ向かう。この研修中にユキと一緒に滑れるようになればいいな。
そう思いながら、ゆっくりとゲレンデへの一歩を踏み出した。
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