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3-4
リフトで中腹までたどり着くとそこは多くの人でごった返していた。
早朝の晴天を最後に、ゆっくりと流れ込んだ雲が、ゲレンデに綿毛のような雪を落とし始めている。
ずっと晴れていたけれど昨夜は少し吹雪いたらしい。一時的に降った雪のせいで足場がいいとはとても言い辛い。端の方はザラメ状になった透明な雪の上に白い新雪が張り付いて層になっている。
うっかり近づくと予想もしなかったタイミングでべしゃりと潰れバランスを奪ってくるからとても困る。出来るだけ近づかないようにしよう。そう心に決めてコースの前に降り立った。
スキー合宿も今日で3日目。3日もあれば俺たちのような超初心者でもなんとか一人で滑れるくらいまでには上達した。
もちろん、何度も転ぶし方向転換だってまだあまり上手くない。それでも、滑るのが楽しいと思えるようになったのはすごい進歩だと思う。
「ゆっくりでいいから」
そう言って颯爽と滑りだしたユキはエッジを利かせて華麗に滑り降りていく。その姿はやっぱり王子様みたいだと思う。
俺はせいぜいその後ろを八の字で突いていくのが精いっぱいだ。
時折、「やっぱカッコいいよね。萩原君」なんていう女子たちの浮ついた黄色い声が聞こえてくる。
自分の幼馴染が褒められるとやっぱり嬉しい。今は無理だけど、いつかは俺もユキの隣で滑れるといいな。
あっという間に米粒みたいに小さくなってしまったユキを追って少しスピードを上げすぎたのかもしれない。
もちろん、一人で滑れるようになったことで過信も生まれていた。
茂みの中に真っ白いウサギが見えた気がして、脇の方に視線を移した。 これが、最大の過ちだった。
「――っ、おい! ハル、危ない!」
「え?」
遅かった。気付いたときには目前に他の生徒が迫っていて――。
もう、間に合わない! スローモーションのような世界で見えたのは、アキラが何かいいながら手を伸ばして飛び込んでくる瞬間だった。
強く抱きしめられて盛大に雪をまき散らしながら勢いよくバランスを崩し視界が回る。
足場の悪い新雪の上をゴロゴロと転がって強い衝撃とともに回転が止まり、俺の記憶はそこでぷつりと途絶えた。
「まったく、初心者のくせにスピードの出しすぎだ馬鹿たれ!」
「……ごめん」
「ごめん、で済むわけないだろう。全く……」
病院で会計を済ませ、タクシーに乗り込む。むすっとしたアキラの右腕には今、ギプスが巻かれている。
目を覚ました時、俺は病院の簡易式ベッドの上に寝かされていた。
全身を強く打ってはいたものの、左足首の軽い捻挫くらいで大きな怪我はなく済んだのは、先生が身を挺して助けてくれたお陰だと看護師さんから聞かされた。
誰かが引っ張ってくれたと思ったのは、やっぱりアキラだったんだ。
全治一か月。骨に少しヒビが入っているらしい。俺の不注意でアキラに怪我を負わせてしまった。その事実が心苦しくて何も言い返すことが出来ない。
「でもまぁ、ハルが無事で良かった」
そう言って、怪我をしていない方の手で頭をくしゃくしゃ撫で回された。そこにいつもの意地悪な笑みは無く、心底ホッとしたようなそんな声色に余計胸が苦しくなる。
「よくないよ。俺のせいでアキラが怪我しちゃったんだから……」
「……まぁ、そうだな」
それっきり、アキラは何も言わなくなった。ゆっくりと流れる車窓の景色を頬杖をついて眺めている。
そこに声を掛ける言葉なんて持ち合わせていなくて、時折聞こえてくる内線の雑音交じりのやり取りをBGM代わりに俺はゆっくりと目を閉じた。
「ああ、そうだ。俺が治るまでの間、ちゃんと責任もって世話してくれよ? ハルちゃん」
タクシーを降りて仲間のもとへと向かう途中、悪戯っぽくウインクして告げられた意味深な言葉に思わず絶句。
怪我をさせたのは俺だからもちろん拒否権なんてあるわけがない。
「……わかったよ」
心配してロビーまで迎えに来てくれた和樹やユキ達の姿を確認し、俺はひっそりと嘆息した。
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