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「確かに、世話をするって事に同意はしたけどさぁ……」
檜の香りがする洗面器にお湯を貯めながらついつい不満を口にしてしまった。
世話をする最初のお願いがまさか一緒に風呂に入ることだなんて聞いてない。しかも! 消灯時間ギリギリの誰もいない浴室だなんて。
「仕方がないだろう? 学生のお前たちと違っておれらは忙しいんだ。それに、今日の件の報告書も書かないといけなかったしな」
「……ごめん」
「だから、謝るなって。目の前で生徒にケガされたら寝覚めが悪い」
このくらいは大したことじゃない。気にするな。そう言ってタオルとビニールで二重に縛った右腕をぶんぶんと振って見せる。
気にするなと言われたって、その痛々しいギプス姿を見るたびに俺はきっと罪悪感に駆られるんだろう。
なのに、ハルが不足してたから丁度良かった。なんて冗談めかして言うから頭からお湯を思いっきりぶっかけてやった。
「わ、ぷ……てめっ、もう少し優しくしろ」
「充分優しくしてやってるだろ」
文句を言う位なら自分でやればいいのに。そう言ってやりたかったけれど、怪我をさせた原因は間違いなく俺にあるんだから仕方がない。
綺麗な黒髪は指どおりがよくて絡まりが少ない。ここのシャンプーは泡立ちがよくあっという間にアキラの髪がアフロみたいなボリュームになっていく。人の髪を洗ってやるなんてこと滅多にないからなんだか不思議な気分だ。
一通り洗い終わってシャワーで泡だらけの髪を流してやると、アキラがサンキュと呟いて濡れた髪を掻き上げた。
たったそれだけの仕草なのに不覚にもドキリとしてしまった。首筋に伝う水滴にすら色気が滲み出ている気がして目のやり場に困ってしまう。鏡越しにアキラとばっちり目が合ってしまい慌てて視線を彷徨わせる。馬鹿だ俺、これじゃ意識してます。って言ってるようなものじゃないか。
「……タオル」
「え?」
「もちろん、全部洗ってくれるんだろう?」
腕が伸びてきて、引き寄せられる。妙に艶のある声色で吐息を吹き込むように囁かれドクンと鼓動が大きく跳ねた。
”全部”ってところを強調してくるあたり確信犯だ。敢えて意識させるような言い方をするなんて本当に性格が悪い。
「背中だけは洗ってやるから、そっちは自分でやれよ」
「なんだ、してくれないのか」
「片手でも出来るだろうが馬鹿っ」
ククッと肩を小さく震わせながら笑っているアキラに泡立てたタオルを強引に握らせ、俺は手の平に出したボディソープで背中を洗う。
改めてみると、やっぱりアキラの身体は凄い。広い背中に逞しい腕。無駄な肉がなく程よく引き締まっていて男らしい体つきをしている。
筋肉の付きにくい貧相な俺の身体とは大違いだ。……そういえば、初めて見た時腹筋も凄かった。着やせするタイプなのか、服を着ているときには想像もつかない。
そんな奴に俺は――。思わず頭に浮かんでしまった光景をぶんぶんと首を振って追い払う。一体何を考えてるんだ!
心臓がドキドキと早鐘を打ってうるさい。
「ハル?」
「……ッ」
不意に声を掛けられハッとした。鏡越しにアキラと目が合う。
「顔赤いけど、どうした? あ、もしかして……おれの裸見てコーフンした?」
「ち、ちがっ! んなわけねぇだろバカッ!!」
にやりと笑いながらそう言われ、咄嗟にシャワーを掴んで頭からぶっかけてやった。
恥ずかしくて、いたたまれなくて今すぐにでも逃げ出したい。
立ち上がり、脱衣所に向かおうとした俺の腕をアキラが強引に引っ張って止めた。
そのままグッと引き寄せられて濡れた身体が密着する。
「からかって悪かった。そのままじゃ風邪ひくだろ」
「……」
「それに、ハルが出ていくと着替えるときとか色々困るんだよ」
アキラは、ずるい。そうやって謝ったら俺が何も言えなくなるってわかってるんだ。
視界に入る痛々しい右腕は俺への当てつけだろうか。
「はぁ、わかった。けど、手出したら置いてくからな!」
しっかりと釘を刺し、浴槽へと向かう。
ライオンの口からお湯の出ている大きな浴槽に片足を突っ込んだ所で、せっかく来たんだから露天風呂へ行こうとアキラがウインクを一つ寄越した。
渋々浴槽を出て向かった先は、”研修中の学生は使用禁止”と書かれたドアの前。
「ちょ、ここ入っちゃダメなんじゃ」
「いいんだよ誰もいないから」
指を唇に押し当て、悪戯っぽく笑う。いや、教師が率先してルール破っちゃダメだろ! そうツッコミを入れる前にドアが開かれ吹き込んでくる冷気に思わず身震いをした。
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