17 / 35

第4話 葛藤

「拓海、大丈夫か? スキーから戻ってきてからなんか変じゃね?」 放課後いつものようにマジバで寄り道をしていると何を思ったのか和樹にそんなことを訊ねられた。 あれから数日。アキラとの行為が頭から離れず、気付けば物思いに耽ってしまっている。 出来るだけ平常心でいようとするけれど、全然だめだ。 アキラの授業があるときは特に大変で、あの低い声を聞いているとあの日囁かれた声や行為がリフレインしてきて全然授業に集中できていない。 「そうかな、そんな事……ないと思う、けど」 「無自覚かよ」 和樹は呆れたように嘆息し、周囲をきょろきょろと見回すと内緒話をするように耳元に唇を寄せて声のトーンを落とした。 「アキラセンセってさ、そんなに凄いの?」 一瞬、何を言われたのかわからなかった。理解するのに数秒を要し、意味が分かれば顔から火が出るほど赤くなっていくのが自分でもわかった。 「なっ、はぁっ!? な、ななな、なに言ってっ!?」 「ウケる。動揺しすぎだろ。あんだけ熱っぽく見つめてるくせに」 「は!? 見てねぇしっ!」 「ハハッ、マジで自覚ないわけ? やべー、重症じゃん」 正直ショックだった。自分でも気付かないうちにそんなわかりやすくアキラを目で追っていたなんて――! しかも、熱っぽくってなんだ!? 「そっかそっか、アキラセンセってテクニシャンだって話だし、骨抜きにされちゃったわけだ?」 「ちがっ、そんなんじゃないってば!」 その情報、いったいどこで手に入れたんだ。他のヤツの事がわからないからアイツがテクニシャンかどうかなんて俺にはわからない。 まぁ、触られて気持ちよくなってしまったのは事実だし、何回もアイツの手でイカされてしまったわけだから少なくとも下手糞ではないんだろう。 むしろ――――。って! 違う違うっ! 白昼堂々なにを考えてるんだ俺は!  「しっかしまぁ意外だな。拓海って男に興味ないと思ってたのに。まさかのアキラセンセーと付き合ってるなんてな、全然気づかなかったわ」 「……何言ってんだよ。別に俺アイツと付き合ってなんか無いし」 「え、じゃぁセフレってことかよ!? やべーマジ!?」 「ちが……ッ」 違うと否定しようとして、ハタと気付いた。俺とアキラの関係って一体なんだ? 最後まで至してなくても、似たような事はしちゃってるわけだし……。この関係が何なのかと言われたら上手く説明は出来ない。 「なるほど、オレが思ってる以上に乱れた関係みたいだな。かわいい顔してやるなぁ拓海」 ニヤニヤしながら肘で突いてくる。 「も、もうこの話題はいいだろっ!」 恥ずかしいやら居た堪れないやらで、残りのジュースを一気に飲み干した。何気に窓の外に視線を移すと道の向こう側に見慣れた黒髪を発見しドキッとした。 車の通りが多くてはっきりとはわからないけれど、頭一つ飛びぬけているあの容姿は嫌でも目立つ。 「アキラ……」 信号が変わり、人の波がこちらに向かって流れてくる。だんだん近づいてくる相手はやはりアキラのようで、鼓動が僅かに早くなった。 けれど、どうやら一人ではなかったらしい。人込みに紛れてわからなかったけれど彼の視線の先にうちの学校の制服を着た女子が居た。 俺たちの学年とはネクタイの色が違うから恐らく3年。女子高生にしては少しスカートが長く、眼鏡をはめていて、長いサラサラのストレートヘアを耳に掛け不自由な右手を気遣うように寄り添って、仲良さげに歩いている。表情を和らげて楽しそうに会話をしている二人はまるで恋人同士のようにも見えなくもない。 知らなかった。アキラってあんな優しそうな顔も出来るんだ。 そういえば以前清楚系が好きだと言っていたような気がする。 見ているうちに顔がこわばり、変な汗が出てきた。 あのアプリであの娘も見付けたんだろうか? 自分が知らないだけでもしかしたら、色々な女子とこうやって会っているのかも知れない。 そう言えば以前から、忙しいから資料室の整理をしなくていいと言われる日が時々あった。  今日だってそうだ。急に予定がなくなり、暇を持て余していたから和樹をマジバに誘った。 アキラの言う”用事”が女子と逢う事だなんて考えもしなかった。 「どうした、大丈夫か?」 頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け、しばらく放心していたのだろう。不意に声を掛けられて現実に引き戻される。 気付いた時にはアキラ達の姿は何処にも見当たらなくなっていた。 「あぁ、うん。大丈夫……ごめん、和樹。こっちから誘っといてなんだけど、用事思い出したんだ」 「え? あっ拓海!?」 和樹の返事も聞かずに立ち上がり、店を出る。 今はとにかく、一人きりになりたかった。

ともだちにシェアしよう!