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玄関のドアを開けると美味しそうなおでんの匂いが俺を出迎えてくれた。 家に戻るまで、さっきの二人の様子が頭から離れずずっと気分が晴れないままだったけれどそれを家にまで持ち込んではいけない。 なにより母さん達を心配させたくなくて、呼吸を整えてからリビングへと向かう。 部屋の中では、ソファの定位置に座ってビール片手に夕方のニュースを見ている父さんと、せわしなく夕食の準備をしている母さんがいて、いつもの光景にホッとさせられる。 急いで母さんの手伝いをしようかと食器を出し始めた時、突然父さんがTVのボリュームを上げた。 それは、4年くらい前に起きた飲酒運転事故の犯人に対する罪の厳罰化を問題提起しているものだった。 酒飲んで暴走した車が猛スピードで突っ込んで、前の車に乗ってた一家4人が死んだ事件。1人だけ生き残った女の子は確か俺とそんなに歳が変わらなかった気がする。 生々しい事件現場が映し出されていて、当時小学生だった俺は連日流れる映像が怖くて直視出来なかった。 「酷い事件だよなぁ……」 「確かこれって、雪哉君のお兄ちゃんのお友達が亡くなったのよね……」 「えっ!? そうなの!?」 母さんの衝撃発言にうっかり皿を落としてしまいそうになって、慌てて握りなおす。そんな話、初めて聞いた。 「大学で同じサークルだったって聞いたけど、物凄く落ち込んでたわ……血相変えてお葬式に行ってたからよく覚えてる」 「そう、だったんだ……」 ユキには5歳年上のお兄さんがいて、俺もよくユキと一緒に遊んでもらってた。 確かに、一時期元気がない時があったけど、まさかこの事件と繋がってただなんて気付きもしなかった。 もしも、両親や、友達が突然この世からいなくなってしまったら。たった一人になってしまった時俺はその事実に耐えられるのだろうか? ニュースはさっきの暗い雰囲気から一転、可愛らしいパンダの赤ちゃんの話題へと移っていて明るく可愛らしい音楽が流れ始め、止まっていた母さんの手も動き出す。 テーブルの上にコンロを置いて、大きな土鍋に入ったおでんをそこに乗せる。ほかほかの湯気がいい感じに食欲を刺激して3人一緒に手を合わせた。 美味しそうなおでんを家族そろってつつきながら、両親を見た。穏やかでよほどのことがない限りは怒らない優しい二人だ。俺が一人っ子だからってのもあるだろうけど大事にされている実感はある。 親戚の家へと引き取られたという女の子は今、何をしていて、この事件をどう感じているのだろう? 俺が同じ立場なら正気を保っていられるのだろうか。味のよくしみた大根を噛みしめながらふと、そんなことを考えた。 風呂から上がり、自分の部屋に戻ると電気も付けずに勢いよくベッドにバフっと倒れこんだ。 もうすぐテスト前だから勉強もしなくてはいけないのに、何もする気が起きない。 今日もまた、色々なことがあった。和樹にはなんか色々と見透かされてるような気もするし、アキラの行動も気になる――。 あの後、二人は何処へ向かったのだろう? そういえば、あの店から少し行ったところには地元でも有名な歓楽街がある。 そこで楽しく遊んでその後は――? 「やめやめ……馬鹿らしい」 嫌な妄想を振り払うように思わず吐き出してしまいそうになる溜息を呑み込んで、ごろりと寝返りを打った。 アキラが女子と歩いているのを見てあそこまで自分が動揺するとは正直思っていなかった。 別にアキラとは付き合っている訳ではないから、アキラが誰と会っていても関係ない。 頭ではわかっているつもりでも、心が全然ついて行けてない。 この感情がなんなのか、なんでこんなにモヤモヤするのか……答えはもう、多分わかってる。 そうだと認めるのは怖くて敢えて気付かないフリをしていたのに。 だけどもう、それも限界かもしれない。 アキラはいつも強引で、人のペースをどんどん乱していく。 最初は嫌で嫌で仕方がなかったはずなのに、いつの間か自分の中でアキラの存在が大きくなってしまっていた……。 アキラにとって俺はただの暇つぶしでしかない。 そこに特別な感情なんて無くて、飽きたら次に行くだけの希薄な関係だ。 ただ、それだけのはずだったのに……。アイツがこんなものを寄越すから――。 サイドボードに置いてある香水の瓶。コレはチョコと一緒にアキラがくれたものだ。 青緑色をしていているソレは光に翳すとまるで海の中を見ているような深みのある色へと変化する。 指先に乗せるとほんのりアキラの香りがして、ドキドキして余計に胸が苦しくなってしまう。 もしかしたら、深い意味なんてないのかもしれない。けど、敢えてコレを俺にくれたんだとしたら――? 香水をプレゼントする意味は”独占したい””マーキング” ググって出てきた言葉はどれも俺を混乱させるには充分すぎるシロモノだった。 「アキラの馬鹿……」 あいつはなんて罪作りな男だろう。 行き場のない感情をどうすることも出来ずに、思わず深い深いため息が洩れた。

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