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「あーぁ、この分だと当分やみそうにないね」
どす黒い空を見上げ、濡れた前髪を掻きあげながらユキが溜息混じりに呟く。
放課後、校門を出て駅に向かって歩いていたところで部活帰りのユキと遭遇した。
だけどタイミング悪く雨に降られ、挨拶もそこそこに全力ダッシュ。
幸い、駅が近かったおかげでずぶ濡れになるのだけはなんとか避けられたけど、雨で濡れたブレザーがずっしりと重く感じる。
「最近の予報全然当たらないね」
暖房の効いた待合室に辿り着き、持っていたタオルでガシガシと頭を拭きながらユキが恨めしそうに空を見上げる。
確かにそうだ。今年は暖冬だとか言っておきながら連日寒い日が続いてるし、雨だと思って準備してたのに全然降らなかったり、今みたいに突然降り出したり。
特にこの時期の雨は冷たくて、手も足も氷のようにかじかんでしまうから出来れば天気予報だけは外して貰いたくない。
冷え切った身体を温めるように暖房の真下を陣取っているとふわりとタオルを頭から掛けられた。
「拓海も拭かないと風邪ひくよ」
「大丈夫だよ。俺、馬鹿だから」
「だーめ。そんなこと言って、熱でも出したらどうするのさ」
「なんだよユキ母さんみたいな事言うなよ」
「ちょっと、酷くない? 僕は純粋に心配して……」
むすっと口を尖らせて不満そうな声を上げる。ユキとのこんな何気ないやり取りが楽しくて、ほっこりする。
けど、そんな穏やかな日常はそう長くは続かなかった。
駅の反対側のホームに昨日見たあの子が、立っていた。
途端に顔が強張り、胸が騒めく。何も動揺することなんてないはずなのに不快感が押し寄せてくる。
「拓海? あぁ、あの人……」
「ユキ、知ってるのか?」
俺の視線に気付いたユキが、少し複雑そうな表情を浮かべる。何か知っている風な態度に思わず食いついてしまった。
「知ってるって言うか……4年くらい前にさ、都内で大きな事故があったの覚えてる?」
「あぁ、昨日ニュースで見た。飲酒運転のヤツだろ?」
「そう。事故に遭ったのは5人いたんだけど一人だけ助かったんだ」
それが、あの人だよ。と、静かにユキがそう言った。
ドクリと心臓が嫌な音を立てる。
まさか、あの人が……? 被害者が思った以上に身近にいた事に驚きを隠せないし、何より昨日アキラと一緒に歩いていたときは笑顔だったから、暗い過去があったなんて全然想像もつかなくてにわかには信じがたい。
「ユキなんで知ってるんだ? あの人が被害者だって」
「バスケ部の先輩が噂してたから……」
言って反対側のホームに視線を移す。
そう言えば昨日、ユキのお兄さんの友達がその事故で亡くなったと父さんが言っていた。
世間ってこんなに狭かったんだ。何処か遠くに感じていたあのニュースが一気に身近なものに感じられて、背筋の凍る思いがする。
「それにしても、珍しいね。拓海が女の子に興味持つなんて。もしかして……」
「は? ちげーし!」
「まだ何も言ってない」
「……っ」
「拓海はさ、隠し事が下手だよね。上手く隠してるつもりなんだろうけど。あの子と何かあった?」
その質問に俺は答えられない。彼女がそんな重い運命を背負っていたなんて知った後では、自分の感情の醜さが際立って本当に情けなく思える。
「別に、何も……」
思わず俯いて答えた俺を見て、ユキはわかりやすく長い溜息を吐いた。 何かを言いかけ口を開き、暫く逡巡してから「家に来ないか?」と誘われた。
どうしても、見せたいものがあるのだという。
見せたいものって一体なんなんだろう? 話の流れ的に、彼女と何か関係があるんだろうか?
「わかった。行くよ」
いくら考えたってわかるはずもなく、俺は静かに頷いた。
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